改訂新版 世界大百科事典 「ヒルムシロ」の意味・わかりやすい解説
ヒルムシロ
Potamogeton distinctus Bennett
池や沼に生えるヒルムシロ科の多年草。根茎は水底の泥の中を横にはい,一節おきに水中茎を分枝する。水中茎は下部に沈水葉,上部に浮水葉をつける。葉のほとんどは互生するが,花序の直下につく浮水葉は対生する。葉柄の長さは水深によって異なり,5cmから20cmに達する。沈水葉の葉身は披針形で,薄く半透明,長さ15cm,幅2.5cmになる。浮水葉の葉身は長楕円形で,長さ5~10cm,幅2~4cm,表面は緑色でつやがあり,裏面は黄緑色である。葉柄の内側に膜質の托葉があって茎を抱いている。6~10月に浮水葉の腋(わき)から穂状花序を出す。総花柄は長さ5~9cm,花序は長さ3~5cm,開花時には直立して水面より上に出る。開花が終わると,横向きとなって水中に沈む。花は無柄で密につく。おしべは4本,黄緑色で花被片状の葯隔付属突起が無柄の葯をかぶっている。心皮は離生し,各花に1~4枚ある。果実は卵形で長さ約4mm,果皮は硬く,背面に稜がある。中の種子は1個で,胚は馬蹄形に曲がっている。北海道~沖縄,朝鮮,中国に分布する。また和名は,この植物が密生するような沼にはヒルが多く,葉に乗って水面に浮かんでいることもあるためであろう。
フトヒルムシロP.fryeri Ben.は,ヒルムシロによく似ているが,浮水葉の葉身の基部が浅い心形で,この部分の縁が波形の立体的なしわをつくる。オヒルムシロP.natans L.は,浮水葉はヒルムシロと似ている。沈水葉は狭線形で,葉柄と葉身の区別がない。コバノヒルムシロP.cristatus Regel et Maackは,沈水葉が狭線形。浮水葉の葉身は小さく,長さ20~25mm,幅5~10mmである。果実の背面にとさか状の突起がある。ササバモP.malaianus Miq.は,葉がすべて沈水性。葉柄があり,葉身は狭披針形で長さ8~12cm,幅1~2.5cmあり,葉縁に波状のしわがある。エビモP.crispus L.は,葉が沈水性で葉柄はなく,葉身は長さ3~5cm,幅4~6mm。葉縁は波形に強くちぢれている。ヤナギモP.oxyphyllus Miq.は,葉が沈水性,線形で長さ5~10cm,幅2~3mm。イトモP.berchtoldii Fieberは,茎も葉もひじょうに細い。葉は長さ2~5cm,幅0.7~1.5mm。花序は節間が伸び,まばらに花をつける。リュウノヒゲモP.pectinatus L.は,河口などの淡水と海水の混じる所に生える。茎も葉もさらに細く,葉は長さ5~10cm,幅0.5~1mm,基部は托葉と合着して葉鞘(ようしよう)となっている。花序は節間が伸びる。開花後に,総花柄がらせん形に巻いて果実を水中に引き込む。これらヒルムシロ属の植物の英名をpondweedという。
執筆者:山下 貴司
医術
現在のヒルムシロは眼子菜(がんしさい)といい,救荒本草として飢饉のときの食用にあてられたもの。そのほか小葉眼子菜(コバノヒルムシロ)の全草をカイチュウの駆除や止血,消腫,痢疾,黄胆,おりもの,瘡瘍(そうよう)その他の治療薬として内服,外用する。しかし,古和名でヒルムシロと呼ばれていたのはセリ科一年草ハマゼリ属Cnidiumの仲間の果実で,生薬名を蛇床子(じやじようし)といい,中国では古代から使われていた。漢方名の由来は,ヘビがこの果実を好んで食べ,よく草の下にいるとされるためで,別名を蛇粟,蛇米,虺床,思益,縄毒,棗棘,牆蘼などという。《医心方》《和名類聚抄》《伊呂波字類抄》《和漢三才図会》は,ともにヒルムシロとして蛇床子を挙げている。日本には産しない。中国産の果実のほか,別属のヤブジラミの果実の鉤(かぎ)の部分をのぞいて代用する。陽痿,虫,婦人のおりものや陰部のかゆみ,不妊症,疥癬(かいせん),湿瘡の治療で,完熟した果実をさらして乾かして煎じたり,丸薬や座薬として用いる。
執筆者:槙 佐知子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報