改訂新版 世界大百科事典 「カイチュウ」の意味・わかりやすい解説
カイチュウ (回虫)
round worm
Ascaris lumbricoides
線形動物門カイチュウ科に属する人体寄生虫。カイチュウといわれるものには,このほか,カイチュウ科に属する寄生虫として,ブタカイチュウ,イヌカイチュウ,ネコカイチュウ,ウマカイチュウなどがあり,近縁のヘテロケイルス科に属するアニサキスやテラノバなどがある。後者は海産哺乳類のカイチュウである。ヒトの小腸に寄生するカイチュウの雌虫は体長20~35cm,体幅4~6mm,雄虫は体長14~30cm,体幅3~4mmと大型のセンチュウ(線虫)であり,古代ギリシアやローマではミミズと混同されていた。世界中に広く分布し,人口の約30%が感染していると推定されている。紀元前からその存在が知られていたにもかかわらず,生活史の全貌が明らかにされたのは20世紀のことである。すなわち,成熟卵(第2期幼虫包蔵卵)が野菜や土ぼこりなどを介して経口的に摂取されると,幼虫は小腸内で孵化(ふか)し,粘膜に侵入し,血流またはリンパ流に入って肺に移行する。肺には数日間滞留し,肺胞内で脱皮して第3期幼虫となり,気道,咽頭を経て再び小腸に至り,さらに2度脱皮を行って感染後約70日で成虫となる。雌虫は1日約20万個も産卵する。糞便とともに外界に出た虫卵の発育に至適な温度は28~30℃で,この条件では10~13日で第1期幼虫が形成される。さらに虫卵内で脱皮が行われ感染可能な第2期幼虫が形成されるが,自然条件のもとでは感染性をもつまでに夏でも3~4週間かかる。不受精卵には幼虫が形成されない。
回虫症
カイチュウがヒトに感染した場合,幼虫が肺に侵入することにより回虫性肺炎をおこすことがある。とくに一時に多数の虫卵が摂取されると,感染後3日目ころから発熱し,しだいに高熱となり,頭痛,咳,痰,呼吸困難などの症状が出る。これらの症状は,幼虫が肺を通過してしまうと速やかに軽快する。成虫の寄生による回虫症の症状としては,腹痛,食欲不振または異常亢進,下痢などがみられ,多数寄生の場合にはイレウスをおこすことがある。また,胆管,膵管などに迷入して急性腹症の原因となり,胃に入って胃痙攣(けいれん)をおこし,さらにさかのぼって鼻腔,耳管などに迷入することもある。そのほか,虫卵が核となって胆石が形成されることもある。回虫症の診断は虫卵を検出すれば確実であるが,これには現在,日本で開発されたセロハン厚層塗抹法が世界各国で用いられている。雄虫のみの感染の場合は,虫卵を検出できないわけであるが,X線透視により発見されることがある。回虫症の治療には,ミブヨモギArtemisia maritimaやA.cina,A.kuramensisなどのヨモギ類に含まれているサントニンと,マクリの有効成分カイニン酸との合剤が第2次大戦後日本で一般に用いられたが,現在では,ピランテルパモエートなど,より副作用の少ない薬剤が用いられている。回虫症の予防法としては,地域全体の定期的集団駆虫,屎尿(しによう)の合理的処理などが必要であるが,これらは住民の健康や衛生に対する意識の向上にきわめて有効であるため,家族計画や栄養改善対策のプログラムと組み合わせた形で行われ,熱帯諸国では地域開発の重要な推進役となっている。
→寄生虫
執筆者:小島 荘明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報