スイスの精神医学者で,現存在分析の創始者。祖父がボーデン湖畔のクロイツリンゲンに建てた精神病院の院長を1911年から56年までつとめ,それ以後も同地を離れなかった。チューリヒ大学精神科のE.ブロイラーのもとで精神医学を専攻したが,そこで医長をしていたC.G.ユングと親交を結び,その紹介でS.フロイトとも知り合って,二人の友情は長く続いた。そのようなわけで,最初は精神分析に打ち込んだが,1910年に父が死んでからは病院にもどり,そこで観察した症例を検討しながら,彼自身の構想を発展させていった。20年代にはフッサールの哲学に近づき,病者を歴史的に展開する主体として現象学的にとらえようと努めた。さらにハイデッガーの影響下でその現存在分析論Daseinsanalytikに立脚した人間存在の解明を試み,《夢と実存》(1930)を発表して,〈上昇と落下〉の人間学的本質特徴を描き出す。これ以後30年代の努力を経て現存在分析の方法をしだいに確立し,40年代に入ると《精神分裂病》(1944-53)や《失敗した現存在の三形式》(1949-56)を相次いで発表して,ドイツ語圏を中心とした精神医学に広範な影響をあたえた。晩年にはふたたびフッサールの後期の著述に関心を強め,それをもとに《メランコリーと躁病》(1960),《妄想》(1965)を発表するなど,最後まで研究者の姿勢を崩さなかった。
執筆者:宮本 忠雄
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… シェーラーやボスをふくめて〈愛〉を人間と人間の人格的な関係とみるのが現象学派や人間学派で,たとえば実存分析のV.E.フランクルによると,〈愛する〉とは,交換可能で無名(アノニム)な対象でなく,〈汝〉と呼べる相手の価値をその一回性と独自性において肯定することを指し,その意味で〈愛は盲目〉などでありえない。こうした〈我〉と〈汝〉を結ぶ愛の両数的様態はL.ビンスワンガーでも強調され,すなわちこの様態のなかで〈我〉と〈汝〉はともにみずからの豊かな可能性を実現するだけでなく,世界の無限性と永遠性に参与すると説かれる。〈愛〉がその本質として超越的契機を含むことは明らかで,この点は〈具体的なものを通して絶対者と全体者に向かう運動〉というK.ヤスパースの〈愛〉の規定にもうかがえる。…
…精神医学のなかで人間学的理念を強調する学派の一つ。1930年代にスイスのビンスワンガーによって築かれ,第2次大戦後のドイツ語圏で盛んに迎えられて,50年代には発展の頂点に達した。もともと,20世紀はじめごろまでの精神医学では,自然科学的方法を援用することにより,症状の識別や病気の診断,さらにはその背景にあると想定された脳病理学的過程の探索がおもな努力の対象であった。…
…たとえばM.クラインの独創的なポジションpositionの概念は,口唇期における対象関係を細分することから出発している。現存在分析の創唱者L.ビンスワンガーもこの身体形態論的な精神発達理論を承認し,高く評価している。しかしエディプス・コンプレクスをフロイトのように神経症の原因とみなす考えは薄れてきている。…
…現存在分析を創始したスイスの精神医学者ビンスワンガーの主著で,1957年に単行本の形で刊行された。5例の精神分裂病のくわしい症例研究からなるが,30年代に著者が独自の人間学的方法を確立したのち,数十年にわたる臨床活動の総決算として44年から53年にかけて集成したもの。…
※「ビンスワンガー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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