ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ビーガニズム」の意味・わかりやすい解説
ビーガニズム
veganism
ビーガニズムの実践者として,19世紀のイギリスの詩人パーシー・ビッシュ・シェリーがヨーロッパで最も早くから倫理的な理由で肉だけでなく乳製品や卵も避けていた一人として知られる。シェリーの時代,肉を食べない人は,菜食主義を実践したと伝えられるギリシアの哲学者ピタゴラスにちなんで「ピタゴリアン」Pythagoreansと呼ばれていた。シェリーはエッセー『自然食の擁護』A Vindication of Natural Diet(1813)のなかで,社会問題の諸原因は肉食にあるとまで論じている。
「ビーガン」veganの語は「ベジタリアン」vegetarianから派生し,動物の権利擁護を訴えるイギリス人活動家ドナルド・ワトソンにより 1944年に提案された。その年,ワトソンら乳製品の摂取を控えるベジタリアンたちはビーガン協会 Vegan Societyを設立し,人間による消費や狩猟,医学実験などにあてるための生物搾取にストップをかけ,食品や衣料品などの品々において非動物性の代替物を見つけていこうという新しい運動を始めた。古代ギリシアのピタゴラスから,1975年に『動物の解放』Animal Liberationを著したピーター・シンガーまでの多くの哲学者たちは,動物を搾取したり,苦痛を与えたりする権利は人間にはないし,そのような搾取は非倫理的であると主張してきた。同様に,ヒンドゥー教やジャイナ教の信者,厳格な仏教徒は,不殺生・不傷害というアヒンサーの原則に従ってベジタリアンやビーガンになることがある。
現代のビーガニズムの運動は 1944年のビーガン協会設立からおおむね始まる。ビーガンの積極的行動主義は当初,おもに動物の権利擁護に重きをおいていたが,近年は動物性製品の消費・使用と気候変動との関係に焦点を絞っている。地球レベルでみれば,集約畜産(工場式畜産)は地球温暖化の原因となる温室効果ガスの主要な発生源であることが明らかになっており,また地域レベルにおいても集約畜産農場や肥育場は近隣の空気や水を汚染する。食肉用家畜の生産が増大したことで,アマゾン地域などでは森林破壊が急速に進んでいる。『イーティング・アニマル:アメリカ工場式畜産の難題』Eating Animals(2009)で肉の消費の倫理性を考察した作家ジョナサン・サフラン・フォアは,別の著作『ウィー・アー・ザ・ウェザー:地球を救うにはまず朝食から』We Are the Weather: Saving the Planet Begins at Breakfast(2019)で,動物の消費が気候変動に及ぼす影響について書いている。そのほかの活動家たちも集約畜産を動物虐待であるとして非難している。
厳格なビーガン食が栄養上の観点から健康的かどうかは議論が分かれるところである。ビーガン食を実践する人は,蛋白質やある種のビタミン(特にビタミンB12)やミネラル(鉄,亜鉛,カルシウム)不足に陥るおそれがあるという研究結果が報告されている。一方でビーガニズムの提唱者は,現代の蛋白質摂取量の目安は誇張されており,肉,魚,乳製品に通常含まれる栄養素は,野菜,豆,果物に含まれる栄養素や栄養機能食品で補うことができると主張する。そればかりでなく,ビーガン食は健康上多くの利点があると指摘する人たちもいる。いくつかの研究によると,ビーガン食は心臓病のリスクを減らし,II型糖尿病を予防し,ある種のがんの発生を防ぐとされる。さらにビーガン食は体重を減らし,脳の働きを改善するといわれている。
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