フランスの歴史家。フランス東部のシャンパーニュとバロアの間にあるムーズ県の寒村リュベビル・アン・オルノワに生まれた。ソルボンヌに学び、歴史家であり経済史家であるアンリ・オゼールHenri Hauser(1866―1948)などの講義を受けた。
卒業後、アルジェリアでリセの教師として勤務(1923~1932)。1925年と1926年には兵役でラインラントを広く旅し、ドイツを深く知る機会を得た。その後パリのリセ(1932~1935)、ブラジルのサン・パウロ大学(1935~1937)で教える。このころ、マルク・ブロックとともに『アナール』誌を創刊したリュシアン・フェーブルとの親交が始まる。1937年、パリの高等研究院の第4セクションにポストを得るが、1939年、第二次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)してライン戦線に動員され、1940年から終戦まで捕虜となり、マインツ、ついでリューベックの収容所で過ごした。収容所に監禁されている間に書き続けられた学習用ノートはフェーブルのもとへ送られ、これらの草稿から、やがて大作『フェリペ2世時代の地中海と地中海世界』が結実する(1949年刊)。これは47歳のブローデルがパリ大学文学部に文学博士の学位を請求するための1175ページにもなる労作であった。17年後の1966年には、豊富な図表、地図、グラフさらに挿図などが組み込まれ、2巻本の改訂版『地中海』が出版された。
第二次世界大戦後は『アナール』誌の編集に携わりながら、高等研究院の第6セクションの責任者、コレージュ・ド・フランスの教授(1949~1972)などを務め、1956年のフェーブルの死後は『アナール』の編集長を引き継いだ。この間、2冊目の大作『物質文明・経済・資本主義』をはじめ数多くの業績を残し、また後継者を育てた。1969年には『アナール』の編集をジャック・ル・ゴフJacques Le Goff(1924―2014)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリEmmanuel Le Roy Ladurie(1929―2023)、マルク・フェローMarc Ferro(1924―2021)らに譲った。1985年11月27日、最後の大作『フランスの歴史』の執筆なかばにしてパリ近郊のサボワにて死去。
歴史学におけるブローデルの貢献の一つは、歴史的時間の重層性の発見である。歴史の時間は、ただ一本の流れからなるのではなく、幾層にも重なり合っている。表層にはまたたくまに過ぎ去ってしまう歴史、個人とできごとの歴史があり、次にゆっくりとリズムをきざむ社会の歴史(局面、人口動態、国家、戦争)があり、最後に深層において不変の、あるいはほとんど不変の動かざる歴史(自然、環境、長期的持続、構造)がある。ブローデルはこの事件史の背後に横たわるより深い歴史の地層に関心を寄せた。事件よりも構造を重視するブローデルの歴史的思考は、世代の違いこそあれ、その後のアナール学派の歴史家たちの共通分母となった。歴史の重要な主人公としての地理的・自然的環境、人口動態や価値の変動などの数量史、人間のこころの深層をとらえようとする心性(マンタリテmentalités)の歴史、そして衣食住といった日常生活を支える物質文明など、すべて短期的に生成消滅するものでなく、長期的に持続するものを対象としている。
[米田潔弘]
『村上光彦訳『物質文明・経済・資本主義 15―18世紀 日常性の構造1・2』(1985・みすず書房)』▽『F・ブローデル著、岩崎力訳『都市ヴェネツィア 歴史紀行』(1986・岩波書店)』▽『山本淳一訳『物質文明・経済・資本主義 15―18世紀 交換のはたらき1・2』(1986、1988・みすず書房)』▽『F・ブローデル、J・H・ヘクスター、H・R・トレヴァーローパー著、赤井彰・高橋正男・古川堅治訳『ブローデルとブローデルの世界――「アナール派」史学研究のために』(1988・刀水書房)』▽『浜名優美訳『地中海 1~5』(1991~1995・藤原書店)』▽『F・ブローデル著、金塚貞文訳『歴史入門』(1995・太田出版)』▽『F・ブローデル著、松本雅弘訳『文明の文法 世界史講義1・2』(1995、1996・みすず書房)』▽『山本淳一訳『物質文明・経済・資本主義 15―18世紀 世界時間1・2』(1996・みすず書房)』
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フランスの歴史家。東部ロレーヌ地方の出身だが,10年近くもアルジェで教壇に立ち,地中海世界に強い関心を抱いた。L.フェーブルの影響下に歴史研究へと進み,1941年学位論文《フェリペ2世時代の地中海と地中海世界》を著した。歴史を長波・中波・短波の3層構造としてとらえることを提唱し,とくに,〈長期的持続〉の相を重視する点で伝統的歴史学と際だった対照を示した。フェーブルの後を継ぎ,49年よりコレージュ・ド・フランス教授,56年からは高等学術研究院第6部門の責任者となり,〈アナール学派〉の中心的存在として,歴史学と人間諸科学の交流に大きな役割を果たした。主著としては,上記のほか,《物質文明・経済・資本主義--15~18世紀》3巻(1979),方法論的省察として《歴史論》(1969)があり,また新しい観点からの《フランス史》の刊行が予定されていた。
執筆者:二宮 宏之
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