ブローデル(読み)ぶろーでる(その他表記)Fernand Braudel

デジタル大辞泉 「ブローデル」の意味・読み・例文・類語

ブローデル(Fernand Braudel)

[1902~1985]フランス歴史学者。コレージュ‐ド‐フランス教授。フェーブル後継者としてアナール学派の中心的存在となる。歴史的時間の重層性に注目し、時間の流れの構造を分析した。主著「フェリペ2世時代の地中海地中海世界」「物質文明・経済・資本主義」。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ブローデル」の意味・わかりやすい解説

ブローデル
ぶろーでる
Fernand Braudel
(1902―1985)

フランスの歴史家。フランス東部のシャンパーニュバロアの間にあるムーズ県の寒村リュベビル・アン・オルノワに生まれた。ソルボンヌに学び、歴史家であり経済史家であるアンリ・オゼールHenri Hauser(1866―1948)などの講義を受けた。

 卒業後、アルジェリアリセの教師として勤務(1923~1932)。1925年と1926年には兵役でラインラントを広く旅し、ドイツを深く知る機会を得た。その後パリのリセ(1932~1935)、ブラジルのサン・パウロ大学(1935~1937)で教える。このころ、マルク・ブロックとともに『アナール』誌を創刊したリュシアン・フェーブルとの親交が始まる。1937年、パリの高等研究院の第4セクションにポストを得るが、1939年、第二次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)してライン戦線に動員され、1940年から終戦まで捕虜となり、マインツ、ついでリューベックの収容所で過ごした。収容所に監禁されている間に書き続けられた学習用ノートはフェーブルのもとへ送られ、これらの草稿から、やがて大作『フェリペ2世時代の地中海と地中海世界』が結実する(1949年刊)。これは47歳のブローデルがパリ大学文学部に文学博士の学位を請求するための1175ページにもなる労作であった。17年後の1966年には、豊富な図表、地図、グラフさらに挿図などが組み込まれ、2巻本の改訂版『地中海』が出版された。

 第二次世界大戦後は『アナール』誌の編集に携わりながら、高等研究院の第6セクションの責任者、コレージュ・ド・フランスの教授(1949~1972)などを務め、1956年のフェーブルの死後は『アナール』の編集長を引き継いだ。この間、2冊目の大作『物質文明・経済・資本主義』をはじめ数多くの業績を残し、また後継者を育てた。1969年には『アナール』の編集をジャック・ル・ゴフJacques Le Goff(1924―2014)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリEmmanuel Le Roy Ladurie(1929―2023)、マルク・フェローMarc Ferro(1924―2021)らに譲った。1985年11月27日、最後の大作『フランスの歴史』の執筆なかばにしてパリ近郊のサボワにて死去。

 歴史学におけるブローデルの貢献の一つは、歴史的時間の重層性の発見である。歴史の時間は、ただ一本の流れからなるのではなく、幾層にも重なり合っている。表層にはまたたくまに過ぎ去ってしまう歴史、個人とできごとの歴史があり、次にゆっくりとリズムをきざむ社会の歴史(局面、人口動態、国家、戦争)があり、最後に深層において不変の、あるいはほとんど不変の動かざる歴史(自然、環境、長期的持続、構造)がある。ブローデルはこの事件史の背後に横たわるより深い歴史の地層に関心を寄せた。事件よりも構造を重視するブローデルの歴史的思考は、世代の違いこそあれ、その後のアナール学派の歴史家たちの共通分母となった。歴史の重要な主人公としての地理的・自然的環境、人口動態や価値の変動などの数量史、人間のこころの深層をとらえようとする心性(マンタリテmentalités)の歴史、そして衣食住といった日常生活を支える物質文明など、すべて短期的に生成消滅するものでなく、長期的に持続するものを対象としている。

[米田潔弘]

『村上光彦訳『物質文明・経済・資本主義 15―18世紀 日常性の構造1・2』(1985・みすず書房)』『F・ブローデル著、岩崎力訳『都市ヴェネツィア 歴史紀行』(1986・岩波書店)』『山本淳一訳『物質文明・経済・資本主義 15―18世紀 交換のはたらき1・2』(1986、1988・みすず書房)』『F・ブローデル、J・H・ヘクスター、H・R・トレヴァーローパー著、赤井彰・高橋正男・古川堅治訳『ブローデルとブローデルの世界――「アナール派」史学研究のために』(1988・刀水書房)』『浜名優美訳『地中海 1~5』(1991~1995・藤原書店)』『F・ブローデル著、金塚貞文訳『歴史入門』(1995・太田出版)』『F・ブローデル著、松本雅弘訳『文明の文法 世界史講義1・2』(1995、1996・みすず書房)』『山本淳一訳『物質文明・経済・資本主義 15―18世紀 世界時間1・2』(1996・みすず書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ブローデル」の意味・わかりやすい解説

ブローデル
Braudel,Fernand Paul

[生]1902.8.24. フランス,リュメビル
[没]1985.11.28. フランス,オートサボア
フランスの歴史学者。 20世紀の最も重要な歴史学者の1人に数えられる。パリ大学卒業後,9年間アルジェリアのリセで教え,地中海地方に興味をいだいた。その後ブラジルのサンパウロ大学を経て,パリの実務高等研究学校の教授となる。この頃文明史家の L.フェーブルと知合い多大な影響を受けた。第2次世界大戦ではドイツ軍の捕虜となり,約5年間ドイツの収容所で暮した。その間,記憶から書上げた博士論文をもとにして著わした『フェリペ2世時代の地中海と地中海社会』 La M éditerranee et le monde méditerraneen à l' époque de Philippe II (1949) が代表作となった。この著書のなかで,スペインとオスマン帝国の対立だけでなく,地理的状況や宗教,農業,技術,知的風土なども取上げた。 47年にブローデルは『レザナル』誌を中心とした歴史学派「レザナル派」をフェーブルから引継いだ。この学派は,一国の指導者だけでなく一般大衆の生活を重視し,それまでの歴史が政治,外交,戦争を三本柱としていたのに対し,気候や地形,農業,技術,交通通信,社会グループ,精神構造なども含めて全体的に研究すべきだと主張した。ブローデルは,人間の歴史を3つの時間に分けて考察する独自の歴史観を打出した。その3つとは,ほとんど変化のない環境的時間と,経済,社会,文化から成る中間的時間,そして諸々の出来事から成る短期的時間である。 84年にはアカデミー・フランセーズの会員に選ばれた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「ブローデル」の意味・わかりやすい解説

ブローデル
Fernand Braudel
生没年:1902-85

フランスの歴史家。東部ロレーヌ地方の出身だが,10年近くもアルジェで教壇に立ち,地中海世界に強い関心を抱いた。L.フェーブルの影響下に歴史研究へと進み,1941年学位論文《フェリペ2世時代の地中海と地中海世界》を著した。歴史を長波・中波・短波の3層構造としてとらえることを提唱し,とくに,〈長期的持続〉の相を重視する点で伝統的歴史学と際だった対照を示した。フェーブルの後を継ぎ,49年よりコレージュ・ド・フランス教授,56年からは高等学術研究院第6部門の責任者となり,〈アナール学派〉の中心的存在として,歴史学と人間諸科学の交流に大きな役割を果たした。主著としては,上記のほか,《物質文明・経済・資本主義--15~18世紀》3巻(1979),方法論的省察として《歴史論》(1969)があり,また新しい観点からの《フランス史》の刊行が予定されていた。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「ブローデル」の意味・わかりやすい解説

ブローデル

フランスの歴史家。1949年にフェーブルの後任としてコレージュ・ド・フランスの教授となり,1956年のフェーブルの死後,《アナール》の発展を中心的ににない,高等研究院第6セクション(現在の社会科学高等研究院)の責任者となった。1984年にはアカデミー・フランセーズの会員にも選出された。〈アナール学派〉第2世代の重鎮で,きわめてグローバルな歴史研究と歴史における時間にかんする史論を展開し,世界システム論にも大きな影響をあたえた。著作に《フェリペ2世時代の地中海と地中海世界》(1949年),《物質文明・経済・資本主義》(1979年)などがある。
→関連項目ウォーラステインル・ゴフ

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

旺文社世界史事典 三訂版 「ブローデル」の解説

ブローデル
Fernand Braudel

1902〜85
フランスの歴史家
1941年に学位論文『フェリペ2世時代の地中海と地中海世界』を著し,歴史学の枠にとらわれない多角的・多面的な研究を行った。L.フェーヴルの後継者としてコレージュ−ド−フランスの教授となり,学際的な研究を組織するなど,アナール派の中心として活躍した。『物質文明・経済・資本主義 15〜18世紀』(1979)も有名。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

今日のキーワード

仕事納

〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...

仕事納の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android