改訂新版 世界大百科事典 「ベチューン」の意味・わかりやすい解説
ベチューン
Henry Norman Bethune
生没年:1890-1939
カナダの外科医。中国名は白求恩。オンタリオ州の信仰心の強い一族に生まれる。第1次大戦中に医学教育をおえ,軍医としてヨーロッパ戦線に参戦。大戦後,ロンドンにおけるボヘミアン生活,アメリカでの開業などの後,重症の結核にかかり外科療法で治癒したことが転機となり,1927年カナダへもどり,胸部外科医として名声を得た。結核の発生の背景にある貧困と直面するうちにしだいに社会矛盾を認識し,社会主義へと接近していった。36年12月,内戦中のスペイン共和国救援におもむき,戦時下における輸血の組織化という世界最初の試みによって多くの共和軍兵士の生命を救った。37年,スペイン共和国への支持をうったえるためにアメリカとカナダで遊説,途中でカナダ共産党へ入党する。38年1月,アメリカ中国救援協会によって医療活動のため中国に派遣される。日本軍の侵攻の下,漢口を経由して苦労して延安へたどりついた。前戦へおもむいたベチューンは,晋冀察(山西・河北・チャハル)辺区政府の医学顧問,および紅軍医長として前線の医療機関をほとんど無からつくりあげるために精力的に働き,2年後,手術中の傷から敗血症を起こして死んだ。毛沢東は論文〈ベチューンを記念する〉によってその国際主義の精神に深い尊敬を示した。現代中国人によってもっとも敬愛される外国人の一人である。墓は河北省の石家荘にある。
執筆者:春名 徹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報