ドイツの作家トーマス・マンの短編小説。1912年発表。作者のイタリア旅行の体験を骨子とした作品。主人公の作家グスタフ・フォン・アシェンバハは、ベニス(ベネチア)沖のリド島滞在をポーランド人美少年に対する慕情のため引き延ばすうちに急死する。作家としての存在形式を自己克服によって築いた主人公が内面の空洞化とともに破滅する一種のデカダンス現象を描いたもので、主人公は、芸術家の姿をとったトーマス・ブデンブローク(『ブデンブローク家の人々』の3代目)といえる。物語全体は神話的象徴性を備え、ポーランド人美少年は冥界(めいかい)への案内者ヘルメスの化身である。また主人公は、作曲家マーラーの風貌(ふうぼう)を備えている。なお、1971年にイタリアのルキーノ・ビスコンティ監督により映画化された。
[森川俊夫]
1971年製作のイタリア・フランス合作映画。原題はMorte a Venezia。トーマス・マンの同名小説に基づき、ルキーノ・ビスコンティが監督した。ベネチアを訪れた老芸術家アッシェンバッハ(ダーク・ボガードDirk Bogarde、1921―1999)が同宿の少年タッジオ(ビョルン・アンドレセンBjorn Andresen、1955― )に心ひかれ、ペストが猖獗(しょうけつ)を極める古都で落命するまでを描く。原作では小説家だった主人公が音楽家へと変更され、グスタフ・マーラーの交響曲第5番の官能的なメロディーが印象的に使用された。日本ではビスコンティの性的志向が反映された少年愛の作品として受け止められ、少女漫画などへの影響も大きかったが、生活と芸術を対比させながら、老人が追い求めつつ獲得することのかなわなかった家族と美の象徴が、タッジオ少年に投影されていることも見逃せない。
[西村安弘]
『高橋義孝訳『トニオ・クレーゲル、ヴェニスに死す』(新潮文庫)』▽『実吉捷郎訳『ヴェニスに死す』(岩波文庫)』
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