日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベンケイソウ」の意味・わかりやすい解説
ベンケイソウ
べんけいそう
[学] Hylotelephium erythrostictum (Miq.) H.Ohba
ベンケイソウ科(APG分類:ベンケイソウ科)の多年草。毎春、地中のやせた根茎から、花期には高さ0.3~1メートルに達する花茎を1、2個出す。葉は花茎に間隔を置いて互生または対生し、長さ10センチメートルの楕円(だえん)状卵形で、白みを帯びた淡黄緑色。9~10月、花茎の先端に、紅色の小さな花を多数密生した半球形状の花序を出す。花弁は楕円状披針(ひしん)形で長さ約5ミリメートル。葯(やく)は裂開直前に濃い赤紫色になりよく目だつ。子房は長さ約1センチメートル。花が枯れても目だち、伸長したり肥大したりせず、多数の微小な種子がつくられ、風によって散布される。湿った草地や明るい林床に生え、本州中部と九州、および中国に分布する。
明治年間に中国からオオベンケイソウH. spectabile (Boreau) H.Ohbaが渡来するまでは園芸植物として重宝されたが、いまでは一部の山岳地域を除いてほとんど栽培されていない。しかし、ヨーロッパではSedum alboroseum Bakerの名前で園芸界に普及している。葉の中央脈に沿って白斑(はくはん)の入ったフイリベンケイもある。ベンケイソウの野生のものはムラサキベンケイソウH. pallescens (Freyn) H.Ohba〔H. telephium (L.) H.Ohba〕と混同されているが、ムラサキベンケイソウは日本では北海道のみに分布する。
ベンケイソウやその近縁種は、広義のセダム属Sedum(マンネングサ属)に分類されることもある。ベンケイソウのことを俗にセダムとよぶことがあるのはこのためである。しかし、同属の基準種オウシュウマンネングサS. acre L.はメノマンネングサに近縁であり、ベンケイソウだけにセダムの名を与えるのは正しくはない。
[大場秀章 2020年3月18日]
文化史
平安時代に渡来し、『新撰字鏡(しんせんじきょう)』『本草和名(ほんぞうわみょう)』『和名抄(わみょうしょう)』などの平安の辞書には、伊岐(いき)(支)久佐(くさ)の名で載る。「生草(いきくさ)」の意味で、ベンケイソウの名も、手折って放置しても根づくほどの生命力を、弁慶の強さに見立ててつけられた。江戸時代の『和爾雅(わじが)』にはベンケイソウとチドメの名があり、『増補地錦抄(ちきんしょう)』(1710)にはげんじ草(源氏草)の名で図が初見する。
中国では4世紀、すでに鉢に植えて屋上で栽培されていた。これは中国の古名の戒火(かいか)、慎火(しんか)が示すように、水分の多い多肉質の葉をもつベンケイソウの葉を、火を防ぐ御守(おまも)りとしたのである。『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』では、やけどに用いたり、身を軽くし、目をよくするなどの薬用植物として扱われている。
[湯浅浩史 2020年3月18日]