ヤオ族(読み)ヤオぞく(英語表記)Yáo zú

改訂新版 世界大百科事典 「ヤオ族」の意味・わかりやすい解説

ヤオ(瑶)族 (ヤオぞく)
Yáo zú

中国長江(揚子江)以南の湖南,広西チワン(壮)族自治区,広東,貴州,雲南から東南アジアのベトナム,ラオス,タイなどの山岳地帯にかけて広範囲にわたり分布する少数民族。マンManなどとも呼ばれる。中国の古い文献には猺,徭,傜,䍃などとも記される。中国領内に居住するヤオ族は約214万人(1990)で,各地にヤオ族自治県を構成している。また,ベトナムには29万4000人(1978),タイには3万6000人(1988),ラオスには1万3000人(1975)が居住していると推定されている。言語的にはミヤオ(苗)族ショオ(畬)族の言語との親縁性もつよく,また広東語や客家(ハツカ)語からの影響もうけている。タイ諸語あるいはモン・クメール語族,チベット・ビルマ語派との関係も論議されたこともあったが,今日ではミヤオ・ヤオ諸語として独立して扱うことが一般的である。中国ではシナ・チベット語系のミヤオ・ヤオ語族ヤオ語支として分類されている。

 ヤオ族は広域にわたって分布しているので,地域ごとに自称,他称の相違があり,生業や衣服,居住形態などの特徴にもとづき,盤古瑶,過山瑶(自称ミェン,ユーミェン),大板瑶(トンペンユー),本地瑶(クーゴンユー),藍靛瑶(キンムン),茶山瑶(ラキャ),花藍瑶(ピォンナイ),八排瑶(ザウミン),背簍瑶(プヌ,プノ),平地瑶(ピォントゥアヤウ)等,30種類前後の集団に分かれていた。これらのヤオ族はミェンmjen(勉)語,プヌpunu(布努)語,ラキャlakkja(拉)語という三つの方言グループに大別され,ミェン語のグループがもっとも多い。ラキャ語はチワン・トン(トン侗)語族のトン語に近く,また,海南島のミヤオ族の言語はヤオ語と親縁性があるといわれる。東南アジアのヤオ族についてみると,ベトナムには籃靛蛮(マン・ラン・チェン),大板蛮(マン・ユク),小板蛮(マン・チェン),高欄蛮(マン・カオ・ラン),青衣蛮(クサン)などがあり,タイにはユーミェンYu Mienがいる。ヤオ族は本来無文字であるが,中国文化と古くから接触していたために漢字が受容され,彼らの保持する宗教経典などは漢字で書かれている。

 瑶(猺)という名称は〈莫徭〉(《梁書》張纘伝,《隋書》地理志)に由来し,〈徭役が莫(な)い〉という意味であるといわれる。原住地は湖南省西部を中心とした山岳地帯であり,その地に割拠していた〈長沙武陵蛮〉や〈五渓蛮〉に淵源があるとみられている。このほか〈山越〉の後裔,多元的な起源などの諸説も出されているが,中国南部に古くから居住していた原アウストロネシア語族であるとするウィーンズH.J.WiensやエバーハルトW.Eberhardなどの説もある。ヤオ族が南方に移動した経路や年代,ショオ族との分岐点やミヤオ族との関係など今後の研究にまつ点が多いが,彼らの移動が漢民族の進出によって始められたことは疑いなく,12,13世紀ころからその動きが活発化したとみられている。元・明には広西,広東方面に移動し,清代には貴州や雲南南部にも入った。ベトナム方面への移住は明代以降であると考えられている。また,中国王朝の統治政策としばしば対立し,特に明代中期以降大規模な反乱が各地で発生した。このような史的背景をもつヤオ族のあいだには,その移住経路や起源神話などが綴られた文書類が多数伝えられており,〈評皇券牒〉〈過山榜〉と称されている。ここには竜犬槃瓠ばんこ)(盤護)が敵国の王の首を取ってきた功により帝女が下賜されて,山間に移り住み6男6女をもうけてヤオ族の12姓の祖となるという犬祖神話が記載されており,《後漢書》南蛮伝の槃瓠神話との関連性が指摘されている。この神話はヤオ族独自のものであり,彼らの種族史を解き明かすための重要史料とされている。

 ヤオ族は山間部において焼畑耕作に従事して陸稲トウモロコシなどをつくっているが,地域によっては梯田耕作や水田耕作,あるいは林業などを行い定住的な村落社会を形成している集団もある。村落は父系的単系集団から成る。これらの集団は,沈,黄,李,鄧,周,趙,胡,鄭,馮,雷,蔣,盤などの漢字の姓をもつ。婚姻は一夫一婦制で交叉いとこ婚も行われた。支配階層を欠き,村落が最大の政治的単位となっている場合が多いが,〈石牌制〉(広西金秀大瑶山)や〈瑶老制〉(広東連南八排瑶)などの村落連合組織を形成していた集団もある。宗教は基本的にはアニミズムであるが,道教の影響が顕著にみられる。彼らの崇拝するおもな神々には始祖たる槃瓠(盤護)をはじめ,道教のパンテオンの十八神などがある。重要な宗教儀礼には〈虔戒〉(男子の入社式)や〈槃王願〉(始祖槃瓠への祭礼)などがある。また,槃瓠に対する尊崇から犬の肉を禁忌し,その服地にも犬の模様がつけられている。葬制は木棺土葬であり,決まった墓地をもたない。民間伝承歌謡も豊富で,創世神話を歌った〈密洛陀〉や槃瓠祭祀のとき唱される〈盤王歌〉,移動の歴史を内容とした〈流落歌〉や〈千家峒〉は重要である。
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百科事典マイペディア 「ヤオ族」の意味・わかりやすい解説

ヤオ(瑶)族【ヤオぞく】

漢字では徭などとも。中国の広東省北部,広西チワン族自治区西部,雲南省東部などの山岳地帯を中心に,福建・浙江・湖南・貴州の諸省とインドシナ山地に分布する。文化・言語ともミヤオ族と同系。標高300〜900mの丘陵地帯に住み,焼畑耕作が主で,一部に棚田耕作も行う。槃瓠(ばんこ)神話の崇拝があり,道教の影響が強いアニミズムが知られる。中国には約213万人(1990)。
→関連項目広西チワン(壮)族自治区湖南[省]ゴールデン・トライアングルショオ族ヤオ(瑶)語羅漢果

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤオ族」の意味・わかりやすい解説

ヤオ族
やおぞく / 猺族
瑤族
Yao

主として中国南部の山地に居住する少数民族。中国では、広西(こうせい)チワン族自治区と広東(カントン)、湖南、雲南、貴州の各省に住み、さらにインドシナ半島北部にも及ぶ。タイではミエンと自称し、ベトナムではマンと称する。中国国内のヤオ族人口は279万6003(2010)で、広西チワン族自治区にはヤオ族全体の約6割が住む。ヤオ語はシナ・チベット語族ミャオ・ヤオ語群に属するが、非常に複雑に方言が分かれている。ヤオは、山地でおもに焼畑耕作をする部族社会であり、小集団がまとまって広い地域に分散して住むのが特徴である。政治的単位である村落は祖先祭祀(さいし)、外婚制を特色とする父系親族集団である。ヤオは宋(そう)代の『渓蛮叢笑(けいばんそうしょう)』で山猺(サンヤオ)とよばれたように、もっぱら山に住む民族であり、長くヤオの間に伝え保たれてきた漢字体の文書類をもって山を渡り歩いて独自の文化を保ってきた。この文書は、祖先祭祀、成年式、招魂、病気治癒その他冠婚葬祭など彼らの日常生活を律する重要な儀礼や年中行事を行うシャーマン「設鬼(シプミエン)」が使う祈祷呪文(きとうじゅもん)の経典類などである。このなかには占星と関係のある天文暦、風水や農業のテキストなども含まれる。これらの文書を通じてヤオの宇宙観や世界観がうかがえるのである。ヤオの祭りには、春節をはじめとして、社主節、清明節、達努節のほか、若い男女が対歌を歌う要望節などがある。

[清水 純]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヤオ族」の意味・わかりやすい解説

ヤオ族
ヤオぞく
Yao

タンザニア南部,マラウイ南部,モザンビークなどに住むバンツー語系の諸民族の総称。母系制である以外は,言語,文化,社会,宗教的に,東バンツー語系諸族に近い。言語はニジェール=コンゴ語派のベヌエ=コンゴ諸語に属する。人口約 200万と推定される。生業はとうもろこしやきびの焼畑耕作を中心とするが,狩猟,採集も行う。 19世紀にはアラブ人と内陸の諸民族を仲介する商人となり,奴隷貿易も行なった。居住の最小単位は母系の大家族で,75~100人規模の村をつくる。政治的には各地方に分裂し,軍事,経済,宗教的権力をもつ首長が統治していた。宗教は祖霊崇拝に密接に関係し,少年の割礼を伴うイニシエーション儀礼を行う。アラブ人との接触でイスラム教が普及している。

ヤオ(瑤)族
ヤオぞく
Yao

中国の少数民族。おもに湖南省,広東省,コワンシーチワン (広西壮) 族自治区に居住するが,ベトナム北部,ラオス,タイにも分布。ベトナム北部ではマン族 Manと呼ばれる。中国領内の人口約 225万 (1990) 。言語はミヤオ語と関係が深いが,その系統は明らかでない (→ミヤオ=ヤオ諸語 ) 。山地に居住して焼畑耕作を営むが,地域によっては棚田による水田耕作も行われる。社会組織には父系的な親族集団が認められ,婚前性交が自由で,子供が生れてから結婚を定める習俗がある。婚姻は一夫一婦婚が普通であるが,富裕階級では一夫多妻婚がみられる。精霊信仰や祖先祭祀が盛んで,中国では犬を祖先とする槃瓠 (ばんこ) 神話がある。

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世界大百科事典(旧版)内のヤオ族の言及

【人名】より

… さらにまた,出産の際に偶然起こった事件や自然現象を,その子どもの運勢に結びつけて吉凶を判断し,それを命名に反映させる例も,まま見受けられる。例えば,やはりタイ北部の山地民族の一派であるヤオ族の俗名は,通常〈老一,老二,老三……〉という出生順による単純な数詞で示されるが,子どもが生まれたときに,たまたま遠来の珍客があると,はなはだ縁起がよいこととして喜び,その客人に名づけ親になってもらったり,ときには名前そのものに〈客〉という漢字を数詞に代えて当てる風習がある。これは,外来者のもたらす福祉に期待する,いわゆる〈まれびと信仰〉に根ざすものにほかならない。…

【ベトナム】より

…また精霊信仰と祖先崇拝を中心に,今もなお伝統的な儀礼,慣習を保持している。 少数民族の分布状況をみると,北部山地のミヤオ(苗)族(約25万人)は,かつて山頂近くに住み,山腹を利用して焼畑農耕を営んでいたが,現在ではその多くが高地を去り,定住化へと向かっている。主要作物はおかぼで,またケシを栽培してアヘンをつくり現金収入を得る。…

※「ヤオ族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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