フランスの哲学者、社会学者。レヴィ・ブリュールとも表記する。高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリュール)卒業。1897年パリ大学講師、1908年同大学哲学史教授となった。デュルケームの影響を受けて、「社会学主義」の立場をとった。未開民族が森羅万象をいかに認識し、いかに分類しているか、いかに考えるかという研究領域を創始したといわれる。
その代表作『未開社会の思惟(しい)』(1910)などにおいて、未開民族の思考様式(これを原始心性mentalité primitiveとよんだ)は文明民族のそれと本質的に異なると論じた。ブラジルの先住民ボロロが自分のことをオウムであるというのは、彼らは人間と鳥とが区別できないからであり、矛盾律を無視していると考えた。また、未開人が干魃(かんばつ)は宣教師のかぶる帽子のせいであるというのは、因果律を理解していないからであると主張した。要するに未開民族の心性は「神秘的」「前論理的」なものであり、人と鳥のように別個のものを神秘的に結合させてしまう「分有の法則」loi de participationに支配されると述べたのである。こういう未開心性論を、未開民族の超自然観、霊魂観念、占い、神話などに基づいて展開した。
ところがその後、未開民族に関する現地調査が盛んになるにつれて、未開人にも、論理的、科学的な考え方があることが証明された。さらに文明人の場合にも、信仰や宗教に関連した行為においては、神秘的な、非合理的態度がしばしばみられることが指摘された。結局、晩年の『覚書』(1938~1939)において自らの説を撤回したのである。現在では、未開人と文明人との間に本質的に異なる「心性」は存在せず、その違いはむしろ程度の違いであると考えられている。とはいえ、われわれは、タイラーやフレーザーの人類学の個人心理学的な議論を批判し、集合表象の重要性を力説した点を評価しなければならない。
現代の社会・文化人類学に多大な影響を与えたイギリスのエバンズ・プリチャードは、レビ・ブリュールの貢献の一つとして、彼の著作はすべて新しい問題を構成するのに大きな刺激となると述べ、自分のアザンデ社会の妖術(ようじゅつ)の研究にレビ・ブリュールが参考になったと記している。また彼の「分有の法則」は独創的で価値があり、未開人の観念の研究を力説した最初の学者の一人であると称賛している。エバンズ・プリチャードの学問的後継者ともいえるニーダムもレビ・ブリュールの方法論的貢献は異民族の観念体系を分析した点にあると述べ、「レビ・ブリュールはデュルケームやモースとともに、分類形態と思考様式にかんする社会学的比較研究の創設者であり、いっそう重要なのは、彼が比較認識論を創設したことである」と論じている。
[吉田禎吾 2019年1月21日]
『山田吉彦訳『末開社会の思惟』上・下(岩波文庫)』
フランスの哲学者,社会学者。1902-27年パリ大学で現代哲学史を担当した。哲学畑ではライプニッツ,F.H.ヤコビ,コント研究などを残したが,のちÉ.デュルケームの社会学的立場に共鳴し,《道徳と習俗学》(1903)では社会的事実としての道徳・習俗の実証的研究を主張した。これを転回点として後半生を費やして成ったのが,西洋文明社会の合理的思考と対比的な〈未開心性mentalité primitive〉の提唱だった。《下級社会における心的機能》(1910。邦訳名《未開社会の思惟》)以降の六つの大著では広範囲の民族誌資料によって,神秘的かつ前論理的思考様式の存在を立証しようとした。矛盾律に無関心なこの心性は,〈融即の法則loi de participation〉に従う点で西洋的思考とは異なったタイプに属するとみたのである。晩年はこの二分法を和らげ,死後発表された《手帳》では二つの心性の併存を普遍的に認める立場をとった。賛否いずれにせよ,未開心性の提唱にこめられた異文化理解の課題は民族学に大きな影響を与えた。
執筆者:関 一敏
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…宗教と呪術の区別とその進化論的図式化は西欧文化中心主義的な考え方の産物ともいえる。また,呪術をまちがった因果律に基づくとする考え方はレビ・ブリュールに受け継がれ,未開人の心性は前論理的で〈融即の法則loi de participation〉に支配されていると主張されたが,このような見方に対しても,未開人も文明人と同じく論理的,合理的に考える,という批判がある。いかなる民族も環境を論理的,合理的に把握することができなかったら生きていくことはできず,たとえば狩猟民サンの自然に対する認識はきわめて深いことはよく知られている。…
※「レビブリュール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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