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アイバク Qutb al-Dīn Aibak

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アイバク
Qutb al-Dīn Aibak

[生]?
[没]1210
インド,ムスリム王朝である奴隷王朝創始者 (在位 1206~10) 。ゴール朝ムハンマド (→ムハンマド・ゴーリー ) の武将としてゴール朝のインド領を支配していたが,ムハンマドの死後,独立してデリーを都とする王朝を創始した。デリー郊外に現存する有名なイスラム建築クトゥブ・モスクは彼の時代に建設に着手したもの。

アイバク
Aybāk

アフガニスタン中央北部,サマンガーン州の州都。カブールの北西 310km。サマンガーン川左岸に位置する。周辺の灌漑農耕地帯の中心地で,近くにストゥーパなど仏教遺跡 (2~5世紀) が多い。市内には昔ながらの活況を伝える市場がある。人口約4万。

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百科事典マイペディアの解説

アイバク

インドに君臨した最初のイスラム王朝(奴隷王朝)の創始者(在位1206年―1210年)。ゴール朝のムハンマドの奴隷であったが,部将となり,インド方面の知事と司令官を兼ね,ムハンマドの死により独立した。

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世界大百科事典 第2版の解説

アイバク【Aybak】

?‐1257
バフリー・マムルーク朝第2代スルタン。トルクメン系で,在位1250‐57年。中堅クラスのマムルークであったが,シャジャル・アッドゥッルとの結婚を通じてスルタンとなる。エジプトのアラブ遊牧部族の反乱を鎮圧し,シリアのアイユーブ朝勢力の進攻を食い止めた。内政では政敵バフリー・マムルークの首領を暗殺して彼らの横暴を抑えた。シリア勢とはモンゴル西進を恐れるバグダードのアッバース朝カリフの仲介で和睦を結び,ヨルダン川以西の領有権を獲得した。

アイバク【Quṭb al‐Dīn Aibak】

?‐1210
中央アジア,トルコ系の奴隷出身で奴隷王朝の創始者。在位1206‐10年。ゴール朝のムハンマドのもとで仕え,その才能が認められて将軍に昇進する。ムハンマドのインド遠征の際,功績が認められ,1192年の第2次タラーインの戦の後,インドの征服地の管理をまかされた。1206年,ムハンマドが暗殺されたのち,北インド領の支配者として立ち,10年,正式にスルタンとなる。デリーに都をおくスルタンによるインド支配,デリー・サルタナットはここに始まった。

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大辞林 第三版の解説

アイバク【Qutb al-Dīn Aybak】

?~1210) インド最初のイスラム王朝である奴隷王朝の創始者(在位1206~1210)。中央アジア生まれのトルコ人。奴隷からゴール朝の部将となり、北インドを攻略。自立してデリーに都した。

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世界大百科事典内のアイバクの言及

【マムルーク朝】より

アイユーブ朝の奴隷軍団であったバフリー・マムルーク軍は,1250年クーデタを起こして新王朝を樹立し,宮廷女奴隷出身のシャジャル・アッドゥッルを初代スルタンに推戴した。第2代スルタンのアイバクはシリアに残存するアイユーブ朝勢力をたたき,上エジプトのアラブの反乱を鎮圧したが,王朝の基礎を固めたのは第5代スルタンのバイバルス1世であった。彼はアッバース朝カリフの擁立やバリード(駅逓)網の整備によって国内体制の強化に努め,外に対してはシリアに残存する十字軍勢力と戦う一方,キプチャク・ハーン国と結んでイル・ハーン国の西進を阻止,またヌビアにも遠征して西アジアにマムルーク朝の覇権を確立した。…

【ゴール朝】より

…1191,92年の2度にわたる,パンジャーブのデリー近くのタラーインの戦で,プリトビーラージを中心とするラージプート連合軍を破って,北インドにムスリム支配の基礎を築いた。彼は,北インドにアイバクほか有力な部将を置き支配を固めようとしたが,1206年,ラホールからガズナに帰る途中で暗殺された。以降王朝は急激に衰退し,ホラズム・シャー朝に征服された。…

【デリー】より

…《マハーバーラタ》に描かれたパーンダバ王子の都インドラプラスタは現在のニューデリー東部プラーナー・キラー(〈古城〉の意)の位置にあったとされる。8世紀の小国分立時代から12世紀末のゴール朝アイバクによる占拠まで,デリーはヒンドゥー諸王の都として存続した。その位置はデリー三角地南部のラール・コット付近であった。…

【奴隷王朝】より

…インド史上初めてのムスリム王朝(1206‐90)をいう。いわゆるデリー・サルタナット最初のトルコ系の王朝で,ゴール朝のムハンマドの部将アイバク(在位1206‐10)によって建てられた。デリーを首都として北インド一帯を支配領域とした。…

※「アイバク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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