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アウエンブルッガー

百科事典マイペディアの解説

アウエンブルッガー

オーストリアの医学者。ウィーン大学卒業後,ウィーンスペイン病院に勤務し,のち開業。近代医学上最も重要な物理的診断法の一つである打診法を創始。

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世界大百科事典 第2版の解説

アウエンブルッガー【Joseph Leopold Auenbrugger】

1722‐1809
オーストリアの医師。グラーツに生まれ,ウィーン大学でG.ファン・スウィーテンに学んだ。ウィーンのイスパニア病院に勤務中,《胸壁をたたいて胸腔内部にかくれた病気の徴候をみつけるための新考案》(1761)を公表して打診法を創始した。片手の指で胸壁を直接たたく簡単な手技であったが,19世紀初めパリ学派の巨頭J.N.コルビザール・デ・マレの推奨で普及,現在は,指をあて,その上を指でたたく指・指打診法になり広く常用されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アウエンブルッガー
あうえんぶるっがー
Joseph Leopold von Auenbrugger
(1722―1809)

オーストリアの医学者。グラーツの宿屋の子として生まれ、1752年ウィーン大学を卒業して医師となった。1754年からウィーンのスペイン病院に勤務し、そこで打診法の研究を行い、1761年にこれを発表した。幼少のころ家の酒蔵で父がぶどう酒の樽(たる)をたたいて、その内容を調べていたことにヒントを得て、打診法を発明したといわれている。当時彼の発見に対しては賛否両論があり、その反響はけっしてよくなかった。その後しだいに忘れ去られた打診法は、発明後約50年を経た1808年になって、フランスのコルビザールによって取り上げられた。コルビザールはアウエンブルッガーの著書『人体の胸部打診により、胸郭内深部病変を発見する新考案』、略してInventum novumを翻訳し、これに注をつけて出版したので、その後、打診法は広くヨーロッパに普及し、ウィーンにも逆輸入されるようになった。[古川 明]

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世界大百科事典内のアウエンブルッガーの言及

【医学】より

…確かに,病院が医学開発の基地になってから,患者の観察法はつぎつぎと工夫が重ねられた。ウィーンのJ.L.アウエンブルッガーは打診法を発明した。パリのR.ラエネクは聴診器を発明した。…

【医療】より

…打診は主として胸部,腹部の病気の診断に用いられる。打診法は,オーストリアの医師J.L.アウエンブルッガーが,酒屋の主人が酒樽をたたいて音の変化で樽のなかの酒の量を調べているのを見て,考えだしたといわれている。 聴診昔の医師は,患者の胸に直接耳をあてて,心音や呼吸音を聴取していた。…

【コルビザール・デ・マレ】より

…パリのオテル・デューで医学を学び,シャリテ病院医員を経てコレージュ・ド・フランスの内科学教授となり,1807年ナポレオン1世の侍医になる。J.L.アウエンブルッガーが発明した打診法(1761)を再発見し,それを仏訳(1808)するとともに,補足改良して胸部疾患の診断に用いた。これはフランス,イギリスで注目を浴び,のち広く世界で行われるに至った。…

【打診】より

…胸壁や腹壁をたたいて,その際に生じる響きから肺の病巣の広がりや性質,心臓の大きさ,肺と肝臓の境界,腸内のガスの有無などを知る診断法。医学における打診の応用は1761年J.L.アウエンブルッガーによって始められた。宿屋の主人であった彼の父親が,樽(たる)に酒がどのくらい残っているかを知るために,ときどき樽をたたいていたことがヒントになったといわれている。…

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