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アサクサノリ

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

アサクサノリ

昭和20年代まで全国で養殖されていたが病気に弱く、色が黒くて病気に強いスサビノリに替わっていった。アサクサノリは、今では環境省のレッドリストで絶滅危惧1類に分類されている。

(2016-08-22 朝日新聞 朝刊 三重全県・1地方)

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百科事典マイペディアの解説

アサクサノリ

紅藻類ウシケノリ科の海藻。本州太平洋沿岸,瀬戸内海,九州,朝鮮半島,中国に分布。養分に富む内湾や河口付近で特によく生育し,体も大きくなる。冬に各地で養殖される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アサクサノリ
あさくさのり / 浅草海苔
purple laver
[学]Porphyra tenera Kjellm.

紅藻植物、ウシケノリ科の海藻。紅紫色で、きわめて柔らかい扁平(へんぺい)葉状体をもつ。ウシケノリ科の特徴は、顕微鏡で見ると、体構成の全細胞が星形色素体をもつことであるが、さらにウシケノリ科アマノリ属は、このような細胞が1層あるいはまれに2層重なった扁平葉状体になるという特徴をもつ。その代表種がアサクサノリである。アマノリ属は食用海藻中でいちばん美味のため古くから甘海苔の字があてられたり、紅紫色の体色から黒海苔、紫菜ともよばれた。ラテン学名のPorphyraは紅紫色の意味のギリシア語に由来し、teneraは柔らかいという意味のラテン語に由来する。
 日本産アマノリ属は約25種あり、ほとんどが冬から春にかけて旺盛(おうせい)な繁茂をする一年生藻である。アマノリ属は体構造が簡単で、環境条件に対する適応性が広い。同一の種でも、高塩分で波の荒い外海の岩礁上に生える場合もあれば、低塩分で波静かな内湾浅海に生える場合もあり、環境に応じて体形も変化するので、種の特徴がとらえにくく、学術的分類はむずかしい。しかし通俗的には、生態面また利用面の立場から、外海の岩礁上に自然に生えてくる野生的な岩ノリ類と、内湾浅海で人工ひび上に養殖できる種とに分けることができる。最初に養殖された種にアサクサノリの和名がつけられ、長い間、養殖種はこの1種だけとされていたが、分類学的研究の進歩と養殖技術の進展によって、他の種も養殖されるようになって、現在では数種が養殖されている。このため、アサクサノリ養殖とよんでいたのをアマノリ養殖に、商品でも浅草海苔とよんでいたのを甘海苔、あるいは産地名を挿入して、○○海苔と直す傾向になっているが、呼称は変わっても、養殖法や用途、食品価値は以前と変わらない。[新崎盛敏]

アマノリ類の食習慣

アマノリ類を食べる習慣は欧米にもなかったわけではないが、アジアを中心とした諸国民の間では古くから普及していたようである。とくに日本では有史以来、高く評価され、「五風土記」のうち『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』には、日本武尊(やまとたけるのみこと)が海辺に巡幸のおり、浜に海苔が干されていたと記されている。また『延喜式(えんぎしき)』には、肥後、出雲(いずも)などの諸国から朝廷への献上品としてその名が出ている。江戸時代になってから需要も増え、養殖という新生産態様も開発された。明治時代になって科学的研究成果を基盤にする養殖技術の改良と養殖域の拡張で、産業的発展も著しくなった。ことに第二次世界大戦の終了した1945年(昭和20)以降、養殖意欲が高まり、1950年代後半からの人工採苗法や種苗の冷凍保蔵法の確立など、技術面での画期的進展があったため、陸寄りの海域で埋立てや臨海工場域の増加、さらには沿岸海水の汚濁などの悪化にもかかわらず、今日までアマノリ養殖業は伸展し続けてきた。アマノリ養殖は日本で創業され、技術的開発を進めてきたものであるが、その技術は海外でも取り入れられ、韓国では1920年ころから、中国大陸の沿岸部では1970年ころから本格的なアマノリ養殖が行われている。なお、欧米諸国をはじめ、その他の国でも、風味や栄養価値などの面で、食品としてのアマノリ類を見直す風潮が出ており、やがてはアマノリ類を食べる習慣は、世界的に普及することであろう。[新崎盛敏]

アサクサノリの味と化学成分

日本料理では古くからコンブをだし汁として用いているが、このだし汁のうまみ成分はグルタミン酸である。アサクサノリの場合、このうまみ成分は、コンブよりいっそう複雑になっている。アミノ酸系でみてみると、グルタミン酸、アラニン、グリシン、タウリンが含まれ、とくにアラニンとタウリンは、他の海藻と比べて非常に多い。アサクサノリをかみしめたときのかすかな甘さは、主としてこのアラニンによっている。タウリンは肉類中の香味とされるものである。
 また、製品としてのアサクサノリは、光沢、香味、形態などによって、特等、優等などの7等級に格づけされている。一般には、青みを帯びた黒色で、光沢があり、香味が高いものが上級品とされ、上級品ほど、タンパク質、ビタミン、リン、マグネシウム、亜鉛などの栄養分を多く含み、グルタミン酸、アラニンなどのうまみ成分も多い。[新崎盛敏]

アサクサノリの名の起源

「アサクサ」は東京の浅草(台東区)に由来するもので、養殖の歴史も、江戸幕府開設以後、江戸から東京と変わっていった市街や臨海域の地理的変遷に関係する面が多い。徳川家康の江戸開府以後今日に至るまで、浅草以南の臨海域では、たびたび大規模な埋立てが行われたので、現在の地理的関係では想像しにくいが、江戸時代初期の浅草地区は漁村で、海に近い所だったと考えられる。このため漁民たちは、海岸に生える野生のアマノリを採集して、浅草観音周辺に集まる人々に売っていたのであろう。アマノリ体の品質は、人口の多い市街地内を通る川、人為的に窒素、リンなどの肥料分含有の多い川水の影響を受ける河口周辺に産するものほどよいとされるから、浅草で売られるアマノリは他地区産よりは良質だったろうと推定される。そのうえ、以前から浅草地区にあった紙漉(かみす)きの手法を応用して、雑物を取り除いたアマノリを浅草海苔の名で売り出したところ、持ち運びに便利なため江戸土産としても好都合で、需要が増えた。このため、浅草で集荷できる原料では足りず、品川、大森周辺で産するアマノリ体をも集めて浅草海苔を製する状態となった。しかしその後、有名な「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」(1685)のために浅草の漁業が衰退し、また大地震で海岸域の地勢に変化がおこるなどして、地元での原料産出はなくなり、もっぱら品川、大森周辺産の原料を使うようになったが、製品の名は浅草海苔で通した。さらにその後、製造もしなくなり、浅草と海苔業との地理的関係はまったくなくなったにもかかわらず、浅草海苔の名は歴史的な名残(なごり)として今日まで伝わっている。[新崎盛敏]

養殖の起源と変遷

養殖の発祥の地は現在の品川駅を中心とする東西2~3キロメートル内のどこかであったろうと推定される。江戸時代の品川周辺は、魚貝類の採捕専業の漁村で、海中には、竹か木の枝で編んでつくった簀(すのこ)建てとか濡杭(ぬれぐい)などがあったわけで、これらの竹、木の枝、杭などには、季節になるとアマノリ体が出現し、砂泥その他の雑物の混在が少なく、浅草海苔の原料としては好適であったと考えられる。こうしたことがヒントとなり、意図的に季節を選んで竹や木の枝を海中に立て、アマノリ体だけを着生させるようにする養殖業が始められた。その年代は1682年(天和2)から1717年(享保2)までの間ではないかと推測される。以後、幕府の政策や庶民の科学的な知識不足のために、養殖業は江戸周辺に限られていた。しかし幕末ごろから他地区でも養殖を手がけるようになり、明治以降は科学的な研究成果を踏まえて、養殖地域は一段と拡張され、技術面での進歩と相まって、生産量は増え、浅草海苔の品質も改善された。そして、養殖種の分類学的研究が進められ、和名アサクサノリ、ラテン学名Porphyra tenera Kjellmannが確立された。
 なお、アサクサノリを着生させるために海中に設置する物をひび()とよぶが、その材料と設置方法は時代によって変化し、竹や木の枝を使う「建てひび式」が長い間続いていたが、やがて、細長い竹の棒か化学製品のポールを海中に突き立てて支柱とし、その間に粗い目の網を水平に張り渡す「網ひびの水平式」に変わり、その後、網にブイをつけて海表面近くに浮かす「浮網式」が現れた。現在では「建てひび式」はまったくみられない状態である。どの材料、どの方式を用いても、ひびの設置開始は9月下旬から10月初旬ごろまでに行われ、発生したアマノリ体は、11月初旬ごろから12月初旬ごろまでに15~20センチメートルに成長して収穫が始まり、1~2月の間に最盛期となり、3月末前後に終業するという生産期間や、その間での収穫経過には昔と今とで大差はない。養殖業は毎年9月末から10月初めのひび設置に始まり、翌年4月から5月のひび撤去で終わる。
 ところで、ひび設置前の付近の海上にはアマノリ体がみつからないのに、2週間ばかりするとノリの幼芽がみえ始め、季節の進展につれて伸長し、数も増える。これらを秋芽(あきめ)というが、その起源については、長いこと不明であった。また、養殖終期が近づくころからアマノリ体上に数多く現れる、有性生殖によって生じた果胞子の夏季の行動についても長い間未解明だった。しかし1950年代初期に、「果胞子は二枚貝類の貝殻内などに潜入してコンコセリスという、アマノリ本体とは体形のまったく違うカビ状の分岐糸状体になり、水温25℃以下になると、その上にたくさんの殻胞子がつくられ、放出されてひび上に着生し、秋芽になる」ということがわかった。そして、カキ貝殻内につくらせたコンコセリスを陸上施設のタンク内で大量培養し、培養条件をいろいろ調節して秋季に大量の殻胞子をつくらせ、秋季に海中に設置したひびに貝殻をつるす、あるいはひび網をタンク内に入れて行う人工採苗技術も確立された。その後まもなく、2~3センチメートルに伸長した幼芽をひび網ごと、零下20~30℃の低温度で3か月間ほど冷凍保蔵した後に海中に戻しても、幼体は活力を保持し、正常に成長することがわかり、ノリ種苗冷凍保蔵技術も確立された。このような画期的な養殖技術開発があったために、遠隔地産のアマノリ種の移殖が容易になり、また交雑による育種も可能となった。そこで、長い間アサクサノリ1種とされていた養殖種も、ほかにウップルイノリ、スサビノリ、オオバアサクサノリなどが加わり、多収性、耐病性などにすぐれたスサビノリを母種とする品種が主流となった。これは分類学上での種別であるが、利用面からみると、同一種のなかにも色調、硬軟、風味などの相違する品種的な差があり、また生産期の早晩の差もみられる。養殖技術面でのこのような進展のほかに、収穫や製造の作業においても機械力導入の一貫操業が行われ、昔風の牧歌的風景はみられなくなった。
 なお、生産地も、発祥地の東京周辺は全面廃業となり、主産地であった千葉、神奈川県下でも衰微して、現在では九州有明(ありあけ)海、瀬戸内海、伊勢(いせ)湾、松島湾などが主要産地といえる。北は北海道から南は鹿児島まで、ほとんどの日本全沿岸の内湾で養殖が行われているが、なかでも佐賀、兵庫、福岡、熊本、宮城、香川、愛知、三重などの諸県が主産県である。したがって、昔はよく使われていた本場浅草海苔なるものはなくなり、正月前に売り出される製造直後の新海苔と、製造後時日を経た囲い物との品質差、あるいは産地別、季節別での海苔品質上の相違はなくなっている。
 国内の「板のり」の生産量(概数)をみてみると、1970年(昭和45)には58億枚であったものが、1979年には83.7億枚となっている。この数字をアサクサノリにそのままあてはめるわけにはいかないが、大幅に生産量があがったことは間違いない。しかし、その後は生産量は伸びず、2006年(平成18)では81.8億枚である。なお、浅草海苔は銘茶店で売られている場合が多いが、茶も海苔もその品質の新鮮さを保つためには、湿気を防ぐとともに日射を避けるという取扱い法が共通しているためで、歴史的伝統によっている。[新崎盛敏]
 種としてのアサクサノリは、2000年には、国の指定する絶滅危惧種にあげられている。[編集部]
『岡村金太郎著『浅草海苔』(1909・博文館) ▽宮下章著『海藻』(1974・法政大学出版局)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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