コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

アジア太平洋経済社会委員会 アジアたいへいようけいざいしゃかいいいんかいEconomic and Social Commission for Asia and the Pacific; ESCAP

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アジア太平洋経済社会委員会
アジアたいへいようけいざいしゃかいいいんかい
Economic and Social Commission for Asia and the Pacific; ESCAP

国際連合の経済社会理事会に属する地域経済委員会の一つで,1947年に設立された国連アジア極東経済委員会 ECAFE母体とする。ECAFEは中国やインドなど域内国とアメリカ合衆国,イギリス,フランス,ソビエト連邦,オランダの域外国あわせて 10ヵ国で発足し,中国の上海に事務局を開設したが,内戦のため 1949年にタイのバンコクに移転した。日本は 1952年に準加盟国になり,1954年に加盟を認められた。東はサモアから西はイランまでを域内とするにいたり,また社会的発展も重視する姿勢を示すため,1974年に現名称に改称した。ESCAPを母体として,アジア開発銀行メコン委員会など多くの地域的国際組織が誕生している。1984年の第40回総会は『開発のための技術』をテーマに東京で開催された。1991年の総会は大韓民国のソウルで開催され,1992年に中国で開かれた北京総会には朝鮮民主主義人民共和国が初参加した。中央アジア諸国の加盟も認められ,2012年現在の加盟国は域内 49,域外 4,計 53ヵ国である。投票権なしの準加盟国は 9ヵ国。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

アジアたいへいよう‐けいざいしゃかいいいんかい〔‐タイヘイヤウケイザイシヤクワイヰヰンクワイ〕【アジア太平洋経済社会委員会】

Economic and Social Commission for Asia and the Pacific国連ECAFE(エカフェ)(アジア極東経済委員会)が1974年に改称・改組されたもの。アジア太平洋地域諸国の経済開発・社会開発を目的とする。日本は1979年に正式加盟。本部はバンコク。ESCAP(エスカップ)。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

大辞林 第三版の解説

アジアたいへいようけいざいしゃかいいいんかい【アジア太平洋経済社会委員会】

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アジア太平洋経済社会委員会
あじあたいへいようけいざいしゃかいいいんかい
Economic and Social Commission for Asia and the Pacific

国連経済社会理事会の下部機構の一つとして、1947年3月28日、第4回国連経済社会理事会決議37により設立された地域経済委員会。略称ESCAP(エスカップ)。当初はアジア極東経済委員会Economic Commission for Asia and the Far East(ECAFE(エカフェ))とよばれていたが、アジア以外のサモア、トンガ、ナウル、パプア・ニューギニア、フィジーなどの太平洋諸国および地域の加盟が増加してきたこと、アジア太平洋地域において経済開発と並んで社会開発、社会福祉の重要性が増大し、委員会においてもこれらの事態を認識して機構名に反映させる必要性が生じてきたことなどの理由により、1974年9月12日から現在の名称に改称された。ESCAPは、設立当時は第二次世界大戦後のアジアの復興を図ることを目的としていたが、その後はアジア太平洋地域の経済協力、社会開発のための協力機関として、種々の地域協力プロジェクトや開発スキーム(計画)を立案、実施している。
 2010年時点の加盟国は域内国49、域外国4(アメリカ、イギリス、フランス、オランダ)の53か国で、そのほか香港(ホンコン)、グアムなど9地域が準加盟メンバーとなっている。日本は1952年(昭和27)に準加盟し、1954年に正式加盟が認められた。
 ESCAPの組織は、総会、テーマ別委員会、その他の委員会、特別部会、常駐代表諮問委員会、事務局より構成されている。総会は機構の最高意思決定機関で毎年1回開催される。事務局は国連事務局の一部を構成し、国連事務局長によって任命された、573名の職員を有している(2007年3月時点)。本部は、設立当初は上海(シャンハイ)に置かれていたが、1948年に移転して以来、タイのバンコクにある。
 ESCAPは、これまで域内経済開発のための措置の発議・参加、調査研究の実施、経済開発に関する情報の収集・整理・配布、計画立案のための助言・勧告などを通じて、アジア太平洋地域における開発センターとしての役割を果たしてきた。東西対立、中ソ対立、ベトナム戦争などアジアを取り巻く厳しい情勢のなかにあって、中立的立場を堅持しながら、域内の経済開発、社会開発、資源エネルギー開発、一次産品などの諸問題をコンセンサス方式によって着実に解決してきた実績は高く評価することができよう。[横川 新]
『榎本喜三郎著『ESCAPの窓から――発展途上20余か国の生態』(1982・成山堂書店) ▽日本エスカップ協会編・刊『国連ESCAPと日本エスカップ協会』(1990)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

アジア太平洋経済社会委員会の関連キーワードメコン川下流域開発計画パプア・ニューギニア国連地域経済委員会アジア・ハイウェーアジアハイウェーアジアハイウエーLAWASIAローエイシア台風業務実験台風委員会尖閣諸島エカフェ国際連合ニウエ台風

今日のキーワード

アウフヘーベン

ヘーゲル弁証法の基本概念の一。あるものを否定しつつも、より高次の統一の段階で生かし保存すること。止揚。揚棄。→アン‐ウント‐フュール‐ジッヒ →弁証法...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android