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アラクチェーエフ アラクチェーエフ Arakcheev, Aleksei Andreevich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アラクチェーエフ
アラクチェーエフ
Arakcheev, Aleksei Andreevich

[生]1769.10.4. ノブゴロド
[没]1834.5.3. グルジノ
ロシアの軍人,政治家。陸軍砲兵将校を経て,1796年ペテルブルグ軍司令官に累進し,皇帝パーベル1世のもとで軍制改革を行なったが,その過酷さのゆえに部下の離反を招き,2度も職を奪われた。

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世界大百科事典 第2版の解説

アラクチェーエフ【Aleksei Andreevich Arakcheev】

1769‐1834
ロシアの軍人,政治家。性格は冷淡で暗かったが,非常な努力家。優れた砲兵士官として頭角を現し,アレクサンドル1世に重用されて軍事行政に敏腕を振るった。1808年,陸軍大臣。〈対フランス戦争はすべて予の采配になった〉と豪語したが,戦略上の彼の影響力は大きくはなかった。ナポレオン戦争後の国家財政再建のため,アレクサンドル1世自給自足のばら色の屯田制を着想し,この立案を彼に託した。16年から実施され,最高時には40万人の兵士と家族とを擁し,全陸軍の3分の1を包含したという。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アラクチェーエフ
あらくちぇーえふ
Алексей Андреевич Аракчеев Aleksey Andreevich Arakcheev
(1769―1834)

ロシアの軍人、政治家、伯爵。パーベル1世とアレクサンドル1世に仕え、とくに後者の治世の後半には権力を一手に掌握、警察と軍隊を使って厳しい弾圧政治を行った。これは世に「アラクチェーフシチナ」(アラクチェーエフ体制)とよばれた。1816年以降、屯田制度を実施し、民衆の反感を買った。[外川継男]

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世界大百科事典内のアラクチェーエフの言及

【ロシア帝国】より

…18世紀には兵役は事実上終身徒刑と同じで,その後25年になったが,兵士の待遇は極端に悪く,病気や体罰による損耗率も非常に高かった。またナポレオン戦争後アラクチェーエフ体制下の屯田兵制が国民の怨嗟(えんさ)の的になった。兵士あがりの下士官・将校の教養は低く,貴族出身の将校は兵士を農奴扱いした。…

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