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アンジェリス Angelis, Girolamo de

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

アンジェリス Angelis, Girolamo de

1568-1623 イタリアの宣教師。
イエズス会士。慶長7年神父カルロ=スピノラと来日し,伏見,駿府(すんぷ)で布教。17年の禁教令で追放されるが,後藤寿庵の招きで仙台,蝦夷(えぞ)地にいき,蝦夷地の報告書を作成。のち各国で訳された。江戸で捕らえられ元和(げんな)9年10月13日信者らとともに火刑。55歳。シチリア出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

アンジェリス

没年:元和9.10.13(1623.12.4)
生年:1568
蝦夷地渡航の最初のヨーロッパ人。シチリア島出身。1586年イエズス会に入り,慶長7(1602)年司祭として来日,翌年伏見の住院に赴任。同16年駿府(静岡市)に布教所を設置。キリシタン禁令後の同20年,後藤寿庵の招きで奥州見分(岩手県水沢市)に赴き津軽の流刑キリシタンを慰問。元和4(1618)年蝦夷松前に渡り初めて蝦夷島について報告,同7年再渡航して松前・千軒岳の金山にキリシタンを訪ね,管区長パシェコの求めにより13項目からなる蝦夷地報告と地図一葉を作成,この報告書はヨーロッパ各国で翻訳された。同年末江戸布教に転じ,2年後フランシスコ会ガルベス神父らと江戸札ノ辻で殉教。<参考文献>H.チースリク編『北方探検記』

(五野井隆史)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

アンジェリス【Jeronimo de Angelis】

1568‐1623
シチリア島出身のイエズス会宣教師。1586年イエズス会に入り,1602年(慶長7)来日。翌年より10年間伏見教会で布教に従事し,禁教令施行後も畿内に潜伏。15年(元和1)後藤寿庵の招きで陸奥見分(みわけ)に赴き,18年ヨーロッパ人として初めて蝦夷松前に渡り,21年再渡航し14ヵ条の蝦夷地報告と地図1葉を作成,アイヌ語若干を例示紹介した。のち江戸布教に転じ,宿主捕縛により自首し捕らわれて江戸札の辻で刑死した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アンジェリス
あんじぇりす
Girolamo de Angelis
(1568―1623)

イタリアのイエズス会パードレ(神父)。殉教者。シチリア島に生まれ、18歳のときイエズス会へ入る。カルロ・スピノラとともに苦難に満ちた旅のすえ、1602年(慶長7)来日し、8年間京都で布教に従事した。1614年の宣教師追放に際しては日本に潜伏し、その後東北地方を中心に活動、ヨーロッパ人として初めて蝦夷(えぞ)地(北海道)へ入り、詳しい報告を送った。1623年(元和9)12月4日、江戸において火刑による殉教を遂げ、1867年福者(聖人の次位者の称号)に列せられた。[宮崎賢太郎]
『フーベルト・チースリク著『北方探険記』(1962・吉川弘文館)』

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