改訂新版 世界大百科事典 「イエネズミ」の意味・わかりやすい解説
イエネズミ (家鼠)
人家およびその付近の農耕地などにすみ,人間社会に半ば寄生して生活するネズミ。ふつうドブネズミ,クマネズミ,ハツカネズミの3種を指す。これに対し,山野などの自然環境下で野生生活をおくるネズミをノネズミ(野鼠)という。ノネズミが一時的に人家に入り込んでもイエネズミとはいわない。
上記3種は中央アジア,東南アジアなどに野生の原種をもつが,人間社会という新たな生息環境に適応し,寄生することに成功した唯一の哺乳類で,それによって世界中に分布を拡大し,繁栄している。ペスト,レプトスピラ,サルモネラなどを媒介する公衆衛生上の害獣としても恐れられる。
人為環境は自然環境と異なり,大量の食物を集中的に,例えば倉庫,人家の台所などで供給する場であるとともに,人間というもっとも強力な敵の存在する場でもある。イエネズミは,高密度の繁殖コロニーの形成を許す社会システムを発達させることで,高密度の食物を有効に利用するのに成功し,一方では新奇嗜好的な傾向を弱め,新奇恐怖的な傾向を強化する。つまり未知の場所に容易に出かけたり,新しい食物に手をつけることを避け,極力警戒心を強めることで,人間によるわなや毒餌から身を守る。さらに人間社会への進出を可能にしたのは,体が小型であるために,わずかなスペースと食物で多数が生きられることと,強力な門歯で多様な物を食物として得,障害物に穴を開けて通路にしたり,さまざまな物から巣材をつくることができることである。ときには冷凍庫の凍結した肉に穴を開けて,奥にごみなどで暖かな巣をつくることすらある。
イエネズミの3種のうち,もっとも繁栄しているのがドブネズミである。湿気を好み,側溝や街中の川岸,床下などを生息場所とし,人家の地階や1階,2階に侵入する。雄を中心とする群れをつくり,なわばりをもつ。雑食性で,ニワトリなどを襲うこともある。繁殖は年3~5回行い,1産6~12子。クマネズミはドブネズミに比べて,本来樹上性の傾向が強く,人家の天井裏にすみ,尾を支えとして使いながら垂直な柱,ビルの配管などを巧みに上下する。湿気をきらう点でもドブネズミとは異なった生活様式をもつ。ハツカネズミはおもに農村地帯の家畜小屋や倉庫などにすむ。共同の巣にコロニーをつくる。夏は野外で過ごし,冬に人家内に入ることが多い。一年中繁殖でき,雌の妊娠期間は20~21日で,1産平均6子,ときに13子。
イエネズミ3種のうち,ドブネズミとハツカネズミは主として実験動物としての用途のために家畜化されている。これらの家畜化ネズミは従来のイエネズミとは逆の方法で人間社会に依存して繁栄したといえる。家畜化ネズミにはドブネズミの白化種(アルビノ)を家畜化したラットとハツカネズミからつくられたマウスなどがあり,彼らは何世代にもわたって育種される間に性質が温順化し,逃避傾向や攻撃傾向が失われ,徹底して人間社会に同化している。
執筆者:今泉 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報