イグナティウス・デ・ロヨラ(読み)イグナティウスデロヨラ

百科事典マイペディアの解説

イグナティウス・デ・ロヨラ

イエズス会創立者,聖人。スペイン,バスク地方の出身。軍人であったが,1521年負傷を機に回心,エルサレム巡礼ののち,バルセロナ,サラマンカ,パリなどで学び,1534年パリで7人の同志とともにイエズス会を結成(1541年以降総長),1537年司祭叙階。主著《心霊修業(霊操)》(1548年)は瞑想,苦行を通じての〈キリストのまねび〉を説く独創作。
→関連項目モンセラー[山]

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イグナティウス・デ・ロヨラ
いぐなてぃうすでろよら
Ignatius de Loyola
(1491―1556)

イエズス会の創立者。本名イニゴ・ロペス・デ・レカルデigo Lpez de Recalde。スペイン、バスク地方ロヨラの貴族の出身。若くして軍隊に入り、指揮官にまで昇進した。1521年にフランス軍がパンプロナを包囲すると徹底抗戦を主張、奮戦中に負傷した。自宅療養中に手近にあった聖人伝を読むうちに回心、以後キリストの兵士になることを決意した。回復後、カタルーニャのマンレーサで1年間修道生活を送り、この間に後世有名な『霊操』Ejercicios Espiritualesの大部分を書いた。その後エルサレムに巡礼、帰国するとスペインのアルカラとサラマンカの両大学に在籍、勉学と同時に宣教活動も始め、一時は異端審問所から疑惑を受けて投獄された。1528年パリ大学に進み、1534年には学位を受けた。同時にここでディエゴ・ライーネスDiego Lanez(1512―1565)、フランシスコ・ハビエール(ザビエル)など6名の同志を得、後のイエズス会創立につながる清貧、貞潔、宣教を内容とした誓いをたてた(1534)。一行は、所期のエルサレム渡航を政治情勢の悪化によって阻まれたため、教皇の指示に従ってイタリア各地で宣教と教会改革に取り組んだ。そのなかでイグナティウスは、神に仕える兵士団としての新しい修道会の構想を固め、その会則を定めた。会則は1540年に教皇の認可を得、ここにイエズス会が公式に成立した。翌1541年イグナティウスは全員一致で初代総長に選出され、会の内部組織の確立を図り、また各地への会の進出に努めた。1556年7月31日ローマで没した。ちなみにイエズス会の総長職は終身制。1622年教皇グレゴリウス15世Gregorius (在位1621~1623)によって列聖。[小林一宏]
『霊操刊行会訳『霊操』(1956・エンデルレ書店) ▽A・エバンヘリスタ、佐々木孝訳・編『ロヨラのイグナチオ――その自伝と日記』(1966・桂書房) ▽門脇佳吉訳『霊操』(岩波文庫)』

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