古代ギリシア,アテナイの弁論家。若いころソフィストのゴルギアスに修辞学を学び,のちアテナイに弁論術の学塾を開き多数の門弟を育てて広く名声をはせた。生来声が小さく実際演壇には立たなかったが,自分の政治・教育理念を訴えるために多くの演説形式の評論を書いた。書簡をふくめて約30編の作品が,中世以来の写本のほか,部分的ではあるが1~2世紀ごろのパピルスによっても伝わっている。それらは,ポリス内部での党争,亡命者と傭兵の増大などの問題をかかえた前4世紀のギリシア社会を知る重要な資料である。彼は,〈ギリシア人の血をひいていなくてもその文化をわかちあう人はギリシア人である〉というすでにヘレニズム時代を予見した考えをもっており,その見地から,ギリシアの諸ポリスが和解協力して共通の敵ペルシアを討つことを願っていた。《オリュンピア大祭演説》(前380)においてその主導権をアテナイに託したが果たされず,彼の念願は,マケドニア王フィリッポス2世(《フィリッポス》前346)とその息子アレクサンドロス大王によって達成されることになる。彼は哲学者プラトンより10歳ほど年長でソクラテスのもとへも出入りしたが,抽象的なイデアの世界を追求したプラトンとは異なり,実践的な知の涵養こそがフィロソフィアであると説いた。作品中最も長い《財産交換について》(前353ころ)は,82歳の作者が法廷弁論の形式を借りてみずからの弁論家としての立場を披瀝(ひれき)した教育論である。彼はソフィストたちの弁論が陥る倫理的無責任を非難し,弁論は単なる説得の技術にとどまらず人間の英知の表現手段としての役割をもつべきだと主張した。この理想は,幾層にも分岐しながら一つのまとまりをもつ息の長いよく均衡のとれた独自の文体とあいまって,ローマのキケロから絶賛され,さらにエラスムスらルネサンス期の人文主義者を経て近代の弁論に深い影響を与えた。
執筆者:細井 敦子
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アテネの修辞家、政治評論家。ゴルギアスに学び、法廷弁論執筆にも携わったが、紀元前392年ごろアテネに学校を開き、政治家ティモテオスをはじめ多くの子弟を教育した。有力ポリス間の和解とペルシア遠征とを唱えた前380年の『オリンピア大祭演説』Panegyrikos、ペルシア征討をマケドニアのフィリッポス2世に期待した前346年の『フィリッポス』Philipposなどの政治評論は、前4世紀のギリシア社会の問題点をよくとらえたものとして重視されている。演説形式の作品21編、書簡9編が伝存しており、その技巧に富んだ文章は散文の模範として、キケロを通じて近代まで大きな影響力をもった。
[中村 純]
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前436~前338
アテネの修辞・弁論家。若くしてソクラテスおよびソフィストたちの影響を受けた。前392年頃青年子弟のための学校を開く。視野の広い政治評論家として活躍し,ギリシアの統合とペルシアへの遠征を主張した。
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… 前4世紀初めのアテナイの文人たちの活動にはこのような幻滅感,ないしは遠心性ともいうべき特色が顕著ではあるが,反面,法廷や議会,祝典などの制度上の民主的機能の復活とともに,優れた弁論家が輩出し,名文を数多く後世に残していることも大きな特色である。リュシアスはもっとも純粋なアッティカ散文と称される弁論体によって,法廷弁論をつづり,イソクラテスは華麗な文体を駆使して全ギリシア的和合を目ざす政治と文化の理念を説く。中でもデモステネスの政治弁論はまさに壮絶といわねばならない。…
…ソフィストとして活動を始めたのもこのころからであろうが,弁論術中心の教授法によってギリシア全土に名声を博した。その理念と方法は,イソクラテスの弁論術学校に継承発展され,さらに後の西欧文化の伝統にまで影響を与えている。また彼の華麗な文章技巧や修辞法は,ギリシア散文の発展に大きく貢献した。…
…古代ギリシアでは民主政治の発展とともに政界進出の技能としての弁論術が重視されるようになった。このような時代風潮のなかで,プロタゴラスやゴルギアスなどのソフィストたちは諸地方を回り有為の青年たちに弁論術を教えたが,イソクラテスは前390年ころアテナイのリュケイオンの近くに修辞学校を開設し名声を博した。この学校は哲学的教養を重視するプラトンのアカデメイアとは対照的に,弁論術にたけた世俗的に有能な者の養成を主眼としていたが,彼の死後も勢力を保ち,これを範とした修辞学校が各地に設立された。…
※「イソクラテス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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