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イー・ゲー・ファルベン I. G. Farben

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イー・ゲー・ファルベン
I. G. Farben

ドイツの化学工業トラスト。正式名称は Interessengemeinschaft Farbenindustrie Aktiengesellschaft (利益共同体染料株式会社) 。 1925年ドイツの6大化学会社バーディシェ・アニリン・ウント・ソーダ・ファブリーク (1865設立,現バスフ BASF) ,フリードリッヒ・バイエル染料 (1863設立,現バイエル ) ,マイスター・ルシウス・ウント・ブリューニング染料 (1863設立,ヘキストを経て現サノフィ・アベンティス) ,アニリン製造 (1867設立,略称アグフア,現アグフア・ゲバルト) ,ワイラー=テル・メール化学工業 (1877設立) ,グリースハイム=エレクトロン化学工業 (1856設立) などの統合によって設立された。前3社はすでに 1904年に相互に利益共同契約を結んでおり,他の3社およびレオポルド・カッセラ,カレの2社は 1916年に参加し,第1次世界大戦中は爆発物,医薬品などの大量生産で巨利を博したが,ドイツの敗戦により多くの特許権と市場を失い,結果としてアメリカ合衆国やイギリスの化学工業が大いに発展した。ドイツ側はその対抗策として 1925年に前記6社を中心とした大合同をはかり,ドイツ化学工業の3分の2を支配するとともにその失った地盤をしだいに回復。高品質の染料,薬品,窒素肥料,フィルムなどによってイー・ゲー・ファルベンの名は世界に知られることになった。その後,人造石油,合成ゴムなど新製品の開発によってさらにその独占的地位を確立。 1930年代に入ってナチス政権の台頭とともにこれに協力し,第2次世界大戦では特に合成ゴム,人造石油,火薬類などの生産で巨利を得,1943年には国内,国外 800社を支配する一大トラストを形成するにいたったが,敗戦によって解体が指示された。また戦後ニュルンベルクで行なわれた国際軍事裁判では毒ガスの生産,使用が暴露され非難を浴びた。戦後ドイツが東西に分かれていた時代にはドイツ民主共和国 (東ドイツ) で工場,設備が失われ,ドイツ連邦共和国 (西ドイツ) では解体・分割がなされた。これによりバスフ,バイエル,ヘキストの三大後継会社が再編成され,同時にカッセラ・ファルブベルク・マインクール,ヘミッシェ・ベルケ・ヒュルスなどが誕生した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イー・ゲー・ファルベン
いーげーふぁるべん
I. G. Farben

Interessengemeinschaft Farbenindustrie Aktiengesellschaft(利益共同染料株式会社)の略。第二次世界大戦前、ドイツ国内の企業ランキング第1位であった総合化学会社。1925年、バイエル社のC・デュースベルク、BASF社のC・ボッシュが中心となって、ドイツの主要な染料、肥料、医薬品会社である、バイエル、BASF、ヘキスト、アグフアなど6社の大合同を図り成立し、監査役にデュースベルク、社長にボッシュがそれぞれ就任した。第一次世界大戦後の相対的安定期のドイツにおいて、化学工業は基幹産業として目覚ましい発展をみせ、輸出産業の代表的存在となった。同社のドイツ化学工業全体のなかに占める比重は大きく、総生産額の30~35%、総従業員数の30%弱を占めるに及んだ。会社組織の面では本社に技術、販売部門を集中し、製造部門では工場に比較的独自の判断をゆだねる分権制を採用した。製品は染料を中心として、窒素、無機化学品、写真製品、合成皮革など広範囲にわたった。1920年代末からスタンダード石油(ニュー・ジャージー)と人造石油の開発技術について提携関係を結ぶ一方、国際染料カルテルを主導し、ドイツ化学工業を一躍世界第1位に押し上げた。1929年大恐慌の到来とともに世界市場は収縮し、輸出比率の高かった同社の経営は大打撃を被った。1933年1月に成立したナチス政権下では、軍事経済体制に積極的に協力し、人造石油、合成ゴム、合成樹脂、人絹、ステープルファイバー(スフ)、医薬、農薬などの生産を強化した。1939年から1942年の間に売上げは1.5倍の伸びを示した。第二次世界大戦終了時の企業規模は、資本金14億ライヒスマルク、傘下会社は国内約200社、海外約500社、株主は15万人を数えた。
 敗戦後、連合国の支配下で同社の管理グループが設けられ、また同社の関係者23人が戦犯として起訴され、うち8人が8年以下の禁錮刑(きんこけい)に処せられた。1951年同社の解体案が決定され、バイエル、BASF、ヘキスト、カッセラ、ヒュルスとして再編成された。このうちカッセラはヘキストの傘下に、ヒュルスはバイエルとBASFの共同支配下に置かれたので、ヘキスト、バイエル、BASFの実質3社の分割といえる。その後、ヘキストは二度の合併を経たのちに、本社をフランスに置くサノフィ・アベンティスとなったが、3社は世界有数の化学・製薬会社としてそれぞれ発展している。[湯沢 威]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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