ウースター(英語表記)Wooster

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウースター
Wooster

アメリカ合衆国,オハイオ州北部,キルバッククリークの岸にある都市。 1808年に創設。 47年にこの町のドイツ系移民がアメリカで最初のクリスマスツリーを立てたという。付近にオハイオ農業研究センターがあり,市内には種々の工場がある。人口2万 2191 (1990) 。

ウースター
Worcester

アメリカ合衆国,マサチューセッツ州中部の都市。ボストンの西方 60kmのブラックストーン川岸に位置する。 1673年入植,1713年以後定住が進んだ。水力に恵まれず工業化は遅れたが,蒸気力が導入され,1828年の運河開通などにより綿織物を中心に急速に工業化が進み,マサチューセッツ州中部の工業中心地として成長した。機械,工作機械,金属,皮革,繊維工業などが行われる。ニューイングランドから西方およびニューヨークにいたる交通の要衝で,地方卸小売の中心でもある。クラーク大学 (1887創立) をはじめ,数多くの教育機関や美術館がある。毎年行われるウースター音楽祭 (1858) は同国最古。人口 18万1045(2010)。

ウースター
Worcester

イギリスイングランド中西部,ウースターシャー県の県都。ウースター地区を構成する。バーミンガムの南西約 40km,セバーン川左岸に位置する。664年に行なわれたウィトビーの宗教会議ののち重要となり,679~80年この地方に住むウィッカ族のための主教区が創設されるとともに,この町の聖ピーター聖堂に主教座が置かれ,アルフレッド大王(在位 871~899)の治世に町は城壁で囲まれた。1189年最初の勅許状が与えられ,中世には羊毛産業で繁栄。13世紀以来の手袋製造業と 18世紀半ば以来の磁器製造業が重要な産業となっているほか,機械工業が発達している。ウースターソースの原産地としても知られる。市の歴史上,大聖堂が常に重要な役割を果たしてきたが,今日の大聖堂は 1084年創建で,その後たびたび増改築されている。清教徒革命時には激戦地となり,1651年スコットランド軍を率いて南下してきたのちのチャールズ2世が,ここでクロムウェル軍に敗れた(→ウースターの戦い)。面積 33km2。人口 9万4029(2001)。

ウースター
Worcester

南アフリカ共和国西ケープ州中西部の町。ケープタウン東北東約 100km,ヘックスリバー山地のふもとに位置。商科大学,工業高校,盲・聾唖学校などがあり,果樹栽培,ワイン醸造地帯の中心地で,果物,野菜の加工,機械工業,織物業なども盛ん。人口 6万6349(2001)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウースター【Worcester】

アメリカ合衆国マサチューセッツ州中央部の工業都市。人口16万5000(1994)。1828年,ブラックストーン運河の完成後,急速に工業化が進展した。機械,金属製品,化学製品,プラスチック,電気部品,衣服,皮革などがおもな製造業である。ニューイングランドの工業中心地の一つであるが,クラーク大学,ウースター州立大学,ウースター工科大学,ホーリー・クロス大学などのある大学町でもある。1722年町制,1848年市制施行。

ウースター【Worcester】

イギリス,イングランド中部にあるヘリフォード・ウースター州(旧,ウースター州)の州都。人口8万2000(1991)。セバーン川中流東岸に位置し,交通要地であるため周辺農業地帯の中心地をなす。ウースターソースに代表される農産加工のほか,手袋,ウースター磁器の生産で知られ,ホップ市場も開かれる。680年の司教管区の新設以降,宗教の中心地となり,中世からは毛織物業が発達した。ピューリタン革命期の1651年には,〈ウースターの戦〉の戦場となり,クロムウェルがチャールズ2世を破って最終的な勝利を得た。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

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