翻訳|Egyptology
古代エジプト文明のすべての分野を研究対象とする学問。歴史学の一分野に属するが,文献学・考古学とは特に密接な関係があり,宗教学・言語学・文学史・美術史・建築史・経済学・文化人類学・自然人類学・医学・生物学・天文学・数学・技術史など,人文・自然科学にまたがるさまざまな部門をも含んでいる。エジプト文明は文献や考古学的資料(遺跡,遺物)が豊富で多種類にわたるため,文明のはじまりから終末までの発展段階や類型を知ることができ,しかも文明の性格が伝統的・保守的であるため,他文明との影響関係の考察や比較が容易である。エジプト学の意義は主としてこの点にある。対象とする時代は,人類のナイル河畔への出現からエジプト語の終末(すなわち641年のアラブ侵入)までを含むが,エジプト独自の文化が未成立の旧石器時代については先史考古学が,プトレマイオス王国以降は古典学,特にパピルス学,キリスト教化以降はキリスト教神学と関係の深いコプト学が,それぞれ中心となっており,新石器時代(先王朝時代)からアレクサンドロス大王の征服(前332)までのいわゆる王朝時代がエジプト学固有の対象である。先王朝時代は遺跡・遺物に基づく考古学的研究が中心であり,第1王朝の成立(王朝時代の開始)とほとんど同時に文字史料が出現する。文字はいわゆるヒエログリフで,象形文字の原形を忠実に保存した狭義のヒエログリフ(聖刻文字),日常生活に使用されたヒエラティック(神官文字),前700年ころ出現するデモティック(民衆文字)の3書体があり,聖刻文字は主として記念碑や宗教テキストを金石に刻み,神官文字や民衆文字はパピルスやオストラコン(陶片や石灰岩片)に日常生活の記録類,学習教材,文学作品などを記している。エジプト語は古エジプト語,中エジプト語,新エジプト語と発展し,民衆文字で記された段階をデモティック語として新エジプト語から区別することもある。なおキリスト教徒がギリシア文字に民衆文字を補って表記したエジプト語の段階(コプト語,文字はコプト文字)は,前述のように狭義のエジプト学の対象としないのが通常である。
エジプト学の成立は,ナポレオンのエジプト遠征(1798-99)を契機とする。遠征に同行した学者たちの調査記録《エジプト誌》全21巻(1809-28)によって研究の基礎資料が集められ,遠征の際発見されたロゼッタ・ストーンを手がかりに,シャンポリオンによるヒエログリフ解読がなされた(1822)。通常この年をエジプト学成立の年とする。1831年コレージュ・ド・フランスにエジプト学の講座が開かれ,シャンポリオンが初代教授に任命された。彼の開いた言語学・文献学的研究はレプシウスC.R.LepsiusをへてエルマンA.Ermanの《エジプト語文法》(1894)により一応完成する。考古学的資料の収集に不可欠な科学的発掘は,19世紀前の宝探しを目的とする発掘の時期をへて,1880年にエジプトでの調査を開始したピートリーにはじまる。現在イギリス,フランス,ドイツ,アメリカの各国は現地に研究所を設け,研究の専門分化が進んでいる。
執筆者:屋形 禎亮
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…ナポレオンのエジプト遠征に随行した学者の調査(1798‐1802)がエジプト研究の端緒となった。このときに発見されたロゼッタ・ストーンを手がかりに,1822年シャンポリオンが象形文字の解読に成功,一方,アッシリアの楔形文字もローリンソンらが解読に成功,19世紀の中ごろにはエジプト,メソポタミアの両方で大規模な調査が行われるようになり,言語学,歴史学,考古学が密接に結びついたエジプト学,アッシリア学の基礎が置かれた。考古学のもう一つの萌芽はヨーロッパ先史時代の研究である。…
…また彼らにとって廃墟は,物質的な現実が滅び霊的な未来が訪れることの暗示でもあった。19世紀にはナポレオンのエジプト遠征を機にエジプト学の興隆を見,発掘熱が高まるとともにオベリスクなどが西欧の大都市を飾るモニュメントとして用いられるようになり,またエジプト建築を模した廃墟趣味あふれる建築も流行した。 20世紀にはコンクリートで固められた都市に廃墟のイメージを重ねあわせる芸術家が現れた。…
※「エジプト学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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