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エルフルト綱領 エルフルトこうりょうErfurter Programm

5件 の用語解説(エルフルト綱領の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エルフルト綱領
エルフルトこうりょう
Erfurter Programm

1891年ドイツ社会民主党ドイツ中部のエルフルトにおいて採択した綱領。それはゴータ綱領ラサール主義を完全に拭い去るために制定したものであって,原則綱領と行動綱領との2部から成り立っていた。

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百科事典マイペディアの解説

エルフルト綱領【エルフルトこうりょう】

1891年ドイツ社会民主党のエルフルトErfurt大会で採択されたカウツキー起草の党綱領。ゴータ綱領に代わるもの。理論的部分では階級闘争,国際的連帯による社会主義社会建設を提唱したが,現存秩序内での漸進的改革など具体的要求部分との矛盾をエンゲルスに批判された。
→関連項目エルフルト

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世界大百科事典 第2版の解説

エルフルトこうりょう【エルフルト綱領】

1891年10月,ドイツのエルフルトで開かれたドイツ社会民主党大会で採択された綱領。それまでのゴータ綱領に代わるもので1921年まで有効であった。内容上2部から成り,第1部は〈ブルジョア社会経済発展〉が〈階級闘争〉を必然的に激化させること,全人類の解放は〈生産手段資本主義的私有を社会的所有に転化〉することなしには不可能で,そのためには〈労働者階級政治権力を獲得しなければならない〉という原則を明らかにする。

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大辞林 第三版の解説

エルフルトこうりょう【エルフルト綱領】

1891年ドイツのエルフルトで開かれたドイツ社会民主党大会で採択された綱領。ゴータ綱領に代わるもので、階級闘争や生産手段の社会的所有、労働者階級による政治権力の獲得などが唱われた。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

エルフルト綱領
えるふるとこうりょう
Erfurter Programm

1891年10月、ドイツ社会民主党のエルフルト大会で採択され、1921年のゲルリッツ綱領にかえられるまで同党の指針となった綱領。綱領は、同党の前身ドイツ社会主義労働者党ザンクト・ガレン大会(1887)の決議に基づき、草案に寄せたエンゲルスの批判をも受け入れ、原則的部分をカウツキー、実践的部分をベルンシュタインが起草し、全体としてほぼマルクス主義によって貫かれている。原則的部分では、ブルジョア社会の経済的発展が自然必然的に生み出す諸矛盾と、労働者階級による政治権力の獲得の必要性が説かれ、実践的部分では、普通・平等・直接選挙権など10項目、および8時間労働など5項目の労働者保護政策が要求されている。[松 俊夫]
『カウツキー著、都留大治郎訳『エルフルト綱領解説』(『世界大思想全集 第14巻』所収・1955・河出書房) ▽エンゲルス著、村田陽一訳『1891年の社会民主党綱領草案の批判』(『マルクス=エンゲルス全集 第22巻』所収・1971・大月書店)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のエルフルト綱領の言及

【社会主義】より

… ドイツでは,ラサールを指導者として労働者階級に基盤をおいた全ドイツ労働者協会が1863年に結成されていたが,69年にはマルクスの影響を受けたベーベルやリープクネヒトが社会民主労働党を設立した。この党は,宰相ビスマルクの社会主義者鎮圧法と社会主義を懐柔しようとした社会福祉政策にもかかわらず発展をつづけ,社会主義者鎮圧法が廃止された後の1890年には,さらに党名をドイツ社会民主党と改め,翌91年にはラサール主義を排して〈階級支配と階級そのものの廃絶〉を目標にしたマルクス主義的なエルフルト綱領を採択した。この党は第1次大戦前の最後の選挙となった1912年の選挙では,425万票,全投票数の3分の1以上を獲得して,ドイツ帝国議会で最強の政党となった。…

【ドイツ社会民主党】より

…合法活動の許されていた帝国議会選挙において,90年に同党は得票率では早くも第一党(19.7%)になっている。 同年9月,社会主義者鎮圧法が失効すると,同党は党名をドイツ社会民主党と変え,ベーベル,ジンガーPaul Singer(1844‐1911)を中心とする指導部を選び,翌91年には明確にマルクス主義に基づくエルフルト綱領を採択して,新たな合法活動に備えた。その後,さまざまな法的・社会的規制にもかかわらず,同党が大衆政党に成長していったことは,党員数が1905年に38万5000人,13年には108万5000人に伸びたことが示している。…

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