オトラント(英語表記)Otranto

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イタリア南部,プーリア州レッチェ県の海港。タラント東南東約 115km,イタリア最東端の町。主要な東海岸道路に面し,古代ギリシア人の築いた港でヒュドロスと呼ばれ,ギリシアとの交易港ブルディシウム (ブリンディジ) に次ぐローマで最重要の港であった。 12世紀に建てられ,15世紀末に改築されたモザイクの美しい聖堂やビザンチン時代のサンピエトロ聖堂は名高い。 1480年オスマン帝国のメフメット2世軍により破壊され,交易港としての地位を失った。第2次世界大戦中は重要な基地となった。現在は,漁港海水浴場農産物集散地。 H.ウォルポールゴシック小説オトラント城奇譚』で有名になった。人口 5152 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

イタリア南部、プーリア州の港町アドリア海オトラント海峡に面し、イタリア半島最東端に位置する。古代ギリシャの植民都市が置かれ、古代ローマ時代はヒドルントゥムと呼ばれていた。11世紀から15世紀にかけて、交易の拠点として栄えた。1480年から翌年にかけて、オスマン帝国ナポリ王国との間で行われた「オトラントの戦い」の舞台になった。旧市街には11世紀建造のオトラント大聖堂ビザンチン様式のフレスコ画があるサンピエトロ教会などの歴史的建造物が残っている。

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世界大百科事典 第2版の解説

イタリア南東部,プーリア州レッチェ県の町。人口4811(1981)。イタリア最東端の町で,オトラント海峡に臨む。古称ヒュドルントゥムHydruntum。ノルマン人の支配下で,東方貿易十字軍の出発港として栄えた。その後トルコ脅威にさらされて衰退し,この一帯は湿地化したが,灌漑の結果,穀物,野菜,牧草を中心とする農業地域となり,漁業も盛んである。城壁に囲まれた旧市街には東方の影響が強く,モザイクで名高い大聖堂(11世紀)などが残っている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イタリア南部、プーリア州レッチェ県にあり、オトラント海峡に臨むイタリア最東端の町。人口5273(2001国勢調査速報値)。古代ギリシアの植民地として発足。古名ヒドルントゥムHydruntum。11~15世紀には、地の利を生かして商業港として繁栄した。現在では農業と漁業が中心的産業となっている。[堺 憲一]

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