オロン・スム
Olon süme
元代のオングト部族の王府跡。中国内蒙古自治区の達爾罕(ダルハン)茂明安(モミンガン)連合盟,百霊廟(ひゃくれいびょう)の東北に長方形の大規模な城郭跡が残る。宮殿,カトリック寺院,景教寺院,仏塔の跡や,景教十字架の浮き彫りのある墓石,石碑などが発見された。このカトリック寺院は,13世紀の末にモンテ・コルヴィノによって建てられたものであることが,江上波夫の調査によって明らかになり,文化交流や民族の歴史研究のうえで重要な遺跡となっている。現在も遺物の収集,整理が進められている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
オロン・スム
おろんすむ
Olon Sum
元(げん)代のオングート部の王府跡。中国、内モンゴル自治区ウランチャブ盟百霊廟(ひゃくれいびょう)の北東にある。東西約960メートル、南北約370メートルの外城の中に内城があり、この両城の内部に中国式宮殿、カトリック教寺院の跡や、十字架の浮彫りのある墓石などが発見された。このカトリック教寺院は、13世紀の末にローマ教皇の使節モンテ・コルビノによって建てられた東アジア最古のものであることが、日本の東亜考古学会および東方文化学院の調査隊(1935年、39年、41年)によって明らかにされた。オロン・スムとは「多くの寺院、教会」を意味する。
[護 雅夫]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
オロン・スム
Olan Süme; Olon Süm
中国,内モンゴル自治区にある土城址。「多くの寺」の意。内モンゴル自治区ウラーンチャブ(烏蘭察布)盟,ダルハンモーミンガン(達爾罕茂明安)連合旗 (百霊廟) に近いモンゴル帝国の都市遺跡。元代の浄州天山県で,オングット部族の王の領地の中心地であった。モンテ・コルビーノの建てた東アジア最初のカトリック聖堂もここにあった。 1935年江上波夫らによって発見され,多くの景教の遺物や文書の断片が出土した。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報