カイコ

栄養・生化学辞典の解説

カイコ

 [Bombix mori].幼虫はsilkwormという.チョウ目(鱗翅類)カイコガ属に属するクワコを馴化したもの.絹をとる昆虫.以前は蛹を飼料や養魚用の餌にした.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カイコ
かいこ / 家蚕・飼い子
silkworm mothsilkworm
[学]Bombyx mori

昆虫綱鱗翅(りんし)目カイコガ科カイコ属に属するガ。カイコはほかのチョウやガと同じように、卵→幼虫→蛹(さなぎ)→成虫という一生を送る完全変態の昆虫である。蛹化(ようか)のときにつくる繭から良質の生糸をとるため、人間は何千年もの間、この昆虫を飼い続け、ついに人間の保護下でなければ生きることが不可能なほど、完全に家畜化してしまった。日本はもちろん、世界的にも経済上重要な昆虫であり、またカイコほど生理、生態、遺伝などあらゆる生物学分野で詳しく研究されてきた昆虫も少ない。[井上 寛]

カイコの祖先

カイコは昆虫には違いないが、野外にいる普通の昆虫と非常に異なっている点がある。それは、人間に飼われることによって、カイコという種族が維持されていることである。もし、すべてのカイコを野外にほうり出してしまえば、カイコという種族は絶滅してしまうかもしれない。そうなると、人に飼われ、家畜化される前のカイコの先祖は何であるかが問題になる。ブタやニワトリなどの家畜には、その野生型として、イノシシ、ヤブニワトリがいるが、カイコの場合には、その祖先型ははっきりしていない。中国や日本でクワ畑の害虫とされているクワコ(桑子)Bombyx mandarinaがカイコの祖先であると推定する学者もいる。カイコとクワコは体の外部および内部の構造が互いによく似ており、交雑によって雑種をつくることができるばかりでなく、その子孫は繁殖力をもっている。染色体数は、クワコの体細胞(2n)が54、生殖細胞(n)が27であるのに対して、カイコでは2nが56、nが28である。生殖細胞の染色体数がカイコでは1個多いのは、クワコの27個のうち1個が2個に分かれたのがカイコである、という考え方がある。このようにカイコとクワコはきわめて近縁であることは確かであるが、両者は習性のうえで大きな相違があるので、このクワコ祖先説を否定する考え方もある。すなわち、カイコの野生型は何千年か前には中国にいたが、家畜化された初期のころに、逃げ出したり捨てられた飼養型と野生型が交雑を繰り返しているうちに、野生種の遺伝形質のなかに、人力を借りなければ生きることができないような、致命的な形質が混ざり、その結果、カイコの祖先型は退化し、滅亡してしまったのであろうという推理である。[井上 寛]

カイコの一生

カイコは卵で越冬し、年1回春に発生する一化性のもの、夏と秋の2回発生する二化性のもの、年に3回以上発生する多化性のものなどがある。実際の養蚕では、卵を低温で保存し、適当な時期に孵化(ふか)させて飼育することが行われており、飼育時期によって、春蚕(しゅんさん)(はるご)、夏蚕(かさん)(なつご)、初秋蚕(しょしゅうさん)(あきご)、晩秋蚕(ばんしゅうさん)などとよばれている。
 カイコの卵は植物の種子に似ているため、蚕種(さんしゅ)とか種(たね)ともよばれている。卵はねずみ色とか濃い藤(ふじ)色をしているが、孵化3日前ごろになると、青みを帯びてくる。これは、卵の中で発育している幼虫の頭に色がついてくるためである。カイコの卵をかえすことを催青(さいせい)というが、温度は25℃で約11日かかる。青みがかった卵は、だんだん青黒色となり、孵化するとき幼虫は卵の殻の一部を食い破って出てくる。孵化したばかりの幼虫は体長が3ミリメートル程度で、体に毛が生えていて、黒くてアリのようにみえるところから、毛蚕(けご)とか蟻蚕(ぎさん)とよばれている。
 この毛蚕を鳥の羽を使って注意深く掃き集め、クワの枝の先についている柔らかい葉を刻んで与えることによってカイコの飼育が始まるが、これを「掃き立て」とよんでいる。毛蚕は2、3日すると毛が落ちたようにみえ、また体全体が黄色みを帯びてくる。さらに1日ほどたつと、クワを食べずに、胸部から先を持ち上げたまま静止する時期がある。これを眠(みん)といい、この時期に外皮の内側に新しい外皮ができ、脱皮の準備が進む。しばらくすると、頭のほうから古い外皮を脱ぎ捨て、新しい外皮をもった幼虫になる。脱皮を済ませることを「起きる」といい、起きたカイコを起蚕(きさん)とよぶ。普通、飼育されている品種のカイコは、このような眠と脱皮を4回繰り返す。第1回の眠(1眠)までを1齢、脱皮して第2回の眠までを2齢とよび、以下5齢まで続く。1齢から3齢までのカイコを稚蚕(ちさん)、4齢から5齢までを壮蚕(そうさん)という。
 カイコの発育にとって、温度は非常にたいせつである。飼育適温は、1、2齢が26~27℃、3齢は24℃、4齢は24℃、5齢は23℃であるが、20~30℃の範囲ならいちおうカイコを飼うことができる。5齢の末期になるとクワを食べなくなり、体が透き通ってくるが、これを熟蚕(じゅくさん)とよぶ。1齢から5齢までの日数は、3、3、4、5、8日ぐらいで、これに4回の眠を加え、孵化してから熟蚕になるまでに約4週間かかる。この間、体長で25~30倍、体重では1万倍に成長する。熟蚕は、木や紙、藁(わら)などでつくった「まぶし」とよばれる繭つくりの場所に移され、頭を8の字状に動かしながら盛んに糸を吐いて繭をつくる。1頭のカイコが繭をつくるのに吐く糸は、1500~2000メートルもの長さがある。熟蚕は2、3日かかって繭を完成すると、さらに2、3日してその中で幼虫の外皮を脱いで蛹になる。繭は普通白色であるが、品種によって、黄色、緑色、紅色などの色が薄くついたものもある。
 繭から生糸(きいと)をとるのは、繭の中のカイコが完全に蛹になってからで、繭をつくり始めてから7、8日目である。繭を湯につけて蛹を殺し、糸を巻き取る。普通、30グラムの重量の卵から約3万頭のカイコが産まれ、上手に育てればその繭から3キログラムくらいの生糸がとれる。この場合、クワの消費量は約1トンである。卵を採取するために、一部の繭から成虫の羽化するのを待つ。羽化は品種や温度によって異なるが、蛹になってから2週間内外で蛹はその外皮を脱いでガになる。ガは口からアルカリ性の液を出して繭を柔らかくし、穴をあけて外に出てくる。雄のほうが先に羽化し、ついで雌が羽化すると、雄は雌の発散する性誘引物質(性フェロモン)によって引き付けられ、はねを震わせながら雌に接近し、ただちに交尾する。交尾は2時間ほどで終わり、雌は受精卵を平均500粒産む。成虫ははねをもっているが、飛ぶ機能は完全に失っており、歩く際に細かく振動させるだけである。ストローのような口吻(こうふん)(舌)も完全に退化していて、なんにも摂取することができない。幼虫時代に蓄えたエネルギーによって、交尾→産卵という繁殖の役目を果たすのである。ガの生存期間は約1週間である。
 カイコの一生の形態を支配し調整しているのは2種のホルモンである。脳の後方にあるアラタ体と前胸部の前胸腺(せん)から分泌されるホルモンであり、アラタ体ホルモン(幼若(ようじゃく)ホルモン)と前胸腺ホルモン(変態ホルモン)が同時に働くと幼虫の脱皮が行われ、前胸腺ホルモンが単独で働くと変態すなわち蛹化が促進される。[井上 寛]

カイコの品種

カイコの品種は、その産地によって、日本種、中国種、インド種、ヨーロッパ種などに大別できる。現在、各国で養蚕に使われているものは、これら相互の一代雑種が多く、形質に大きな違いはない。日本ではすべて一代雑種が使われているが、これは大正年間に外山亀太郎(とやまかめたろう)らによって改良されたものである。原種に比べてじょうぶで発育が早く、より飼いやすいので、たちまち全国に普及し、日本の養蚕業の発展に大きく貢献した。実用品種が一代雑種ですべて統一されたことは、世界でも初めてで、最近では卵の色や幼虫の斑紋(はんもん)から、一目で雌雄の区別がつくような品種もつくりだされている。現在一般に飼育されている品種は、明治末期に用いられた小石丸(こいしまる)や又昔(またむかし)という品種に比べ、繭層量・繭糸長で約2倍、生糸量歩合で約1.7倍に達している。[井上 寛]

民俗

カイコはオカイコサマとかオコサマなど、敬称でよぶ地方が多いが、虫から絹糸がとれるということに畏敬(いけい)の念を抱き、神秘感をもったものであろう。さらに近世から近代にかけては、経済的にも重要な価値をもつようになったことも見逃せない。養蚕は古代から行われていたが、全国的に普及したのは近世以降である。東京近郊の農家では、大正時代初期から昭和の初期まで、「100円札見るにはお蚕飼え」というほど現金収入があった。養蚕は女性の労働とされている所が多く、群馬県あたりでは「蚕雇い」といって、カイコの3眠、4眠のころには他地方から若い女性を雇うことも多かった。蚕雇いが縁となり、村の青年と縁組みすることもまれではなかったという。また大正時代には、小学校の子供も「オカイコ休み」といって、学校が1週間ぐらい休校になる地方もあった。養蚕は家をあげての労働だったのである。
 養蚕技術は時代を経るにしたがい進歩しているが、カイコは生き物ゆえに、その扱い方によって繭の収穫が左右されることもある。したがって、天候、気温などの自然条件ばかりでなく、カイコといっしょに一つ家に暮らす人々の心意も、養蚕に深い影響を与えると信じられてきた。たとえば、葬式のあった家の者は養蚕期間中、他家の蚕室に入ってはならぬとか、忌みのある家はクワの葉を他村から買わなければならぬなど、死の忌みを厳しく戒めている。あるいは、カイコのある間はタケノコを家の中に入れない、竹には節(ふし)があるので、その節と同音のフシゴという病気がカイコにつくのを避けるのだと伝えている。上簇(じょうぞく)すると、団子(だんご)をつくったり餅(もち)を搗(つ)いて祝う地方が多く、関東地方ではマボシ祝い、長野県松本市付近ではコタマゲといい、蚕霊(こたま)(蚕神)を送る祝いを行っている。カイコの守り神としては、蚕影(こかげ)明神、稲荷(いなり)様、駒形(こまがた)明神などが全国的に信仰されているが、一般には年中行事として小正月(こしょうがつ)に繭玉をつくり、その多収を祈願する所が多い。[鎌田久子]

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