カケリ(読み)かけり

改訂新版 世界大百科事典 「カケリ」の意味・わかりやすい解説

カケリ(翔) (かけり)

日本音楽の用語。(1)能では曲中に挿入される比較的テンポの速い囃子事で,笛,小鼓大鼓によって奏され,緩急の変化がある。シテは《八島》《経政》など,いわゆる修羅道に堕ちた武士の霊である場合と,《三井寺》《隅田川》などの狂女物の場合があり,前者は修羅道での戦闘のありさまを,後者は精神の不安定な状態をあらわすとされている。《善知鳥(うとう)》のように鳥をとらえる特殊な演技を伴うこともある。また流儀によっては別の演技に用いられることもある。狂言では能のカケリをはるかに簡略にしたものを用い,現実の戦闘か,狂乱のさまをあらわす。《歌仙》は前者の例,《金岡(かなおか)》は後者の例である。また別に脇狂言の神物に舞われる舞働(まいばたらき)を〈太鼓入りカケリ〉ということがある。(2)歌舞伎音楽における長唄でも,能のカケリを変形した囃子で,戦闘や狂乱をあらわす。前者は時代物の人物が急いで登場するとき,合戦場面の立回りなどに用い,時代物の幕切れでは三味線の〈段切三重(だんぎれさんじゆう)〉に合わせて用いる。後者は《保名(やすな)》など狂乱物の物狂いの出入りに用いる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カケリ」の意味・わかりやすい解説

カケリ

「翔」とも書く。能の働き事の名称。大鼓と小鼓ではやし,笛がアシライを吹く。武士の霊による修羅の苦しみ (『八島』『忠度』など) や物狂いによる狂乱,興奮状態 (『隅田川』『班女』など) の演技に用いられる。狂言にもこれを単純化したものがある (『法師ヶ母』『金岡』など) 。

カケリ

「翔」とも書く。長唄,歌舞伎の囃子の名称。能のカケリから出て,狂女の出や,合戦の場面などに用いられる。

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世界大百科事典(旧版)内のカケリの言及

【獣道】より

…【今泉 吉晴】
[民俗]
 西日本から中部山地まではウジ,またはウツと呼び,東日本では主としてト,またはトアドというのが一般的である。そのほかノウテ(十津川),カケリ(祖谷山),トウリ(伊豆西部)など,土地ごとの名がある。同じ獣道も動物の種類によって経路は異なり,鹿には鹿独自のウジがあって,他地からやってきた鹿も同じ経路を通過する。…

【働事】より

囃子と所作からなる囃子事小段のうち,演者(立役(たちやく),立方(たちかた))が舞台上で表現する所作に,ある程度表意的な要素が含まれるものを働事という。能の働事には,笛(能管),小鼓,大鼓で奏する〈カケリ(翔)〉〈イロエ〉〈切(きり)組ミ〉と,太鼓の入る〈舞働(まいばたらき)〉〈打合働(うちあいばたらき)〉〈イノリ〉,両様の〈立回リ〉の7種がある。〈カケリ〉は武士の霊や狂女などが興奮状態を示すもので,《俊成忠度(しゆんぜいただのり)》《浮舟》《隅田川》《蟬丸(せみまる)》などに用いられる。…

※「カケリ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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