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忠度 ただのり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

忠度
ただのり

能の曲名。二番目物世阿弥作。もと藤原俊成に仕えていた旅僧 (ワキ) が,須磨の浦で,平忠度ゆかりの若木の桜のもとで追善する一人の老人 (前シテ) に出会う。老人は忠度の霊の仮の姿であった (中入り) 。その夜,忠度の霊 (後シテ) が現れ,朝敵であるために自分の歌が『千載和歌集』に詠み人知らずと記されたことを嘆き,定家へのとりなしを頼む。そして,出陣の前に俊成を訪れて和歌を託したこと,岡部六弥太と戦って討死にしたこと,「行き暮れて木の下陰を宿とせば花や今宵のあるじならまし」と詠んだ歌を短冊に結びつけたことなど物語って消える。和歌への執心を強調した,風雅な修羅物

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世界大百科事典 第2版の解説

ただのり【忠度】

能の曲名。二番目物。修羅物。世阿弥作。シテは平忠度の霊。旅の僧(ワキ)が須磨の浦で山から薪を運ぶ老人(前ジテ)に出会い,平忠度にゆかりのある桜の木のもとで,忠度の弔いを頼まれる。老人は忠度の霊の仮の姿であった。夜になると霊(後ジテ)が昔の姿で現れ,自分の歌が《千載集》に採られた際に,勅敵であるために〈読み人知らず〉と記されたことを嘆き,旅僧が撰者の藤原俊成の家に居た人であるのを頼りに,俊成の子の定家に訴えることを頼む。

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大辞林 第三版の解説

ただのり【忠度】

能の一。二番目物。世阿弥作。「平家物語」や「源平盛衰記」に基づく。源平の合戦で討ち死にした平忠度の霊が、自分の詠歌が「千載集」に「読人知らず」として入集されたことに対する苦情を訴え、勇壮な最期を見せるという筋。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

忠度
ただのり

能の曲目。二番目物。五流現行曲。世阿弥(ぜあみ)作。典拠は『平家物語』。他の修羅能では、敗戦の苦しみと修羅道の責め苦を訴えて亡霊が登場するが、平忠度の霊は、和歌の執心のためにあの世からやってくる。藤原俊成(しゅんぜい)に仕えた者(ワキ)が俊成の没後に僧となり、須磨(すま)の浦に立ち寄る。潮汲(く)みの老人(前シテ)が現れ、忠度戦死の記念の桜に手向けをする。宿を借りたいという僧に、老人は忠度の和歌を引いて、この花の下ほどの宿りはあるまいとこたえ、自分が忠度の亡霊であることをほのめかして消える。僧の夢に武装りりしい忠度(後シテ)が現れ、『千載(せんざい)集』に入集した自分の歌が朝敵ゆえに読み人知らずの扱いであることの不満を述べ、俊成の子の定家(ていか)に作者名を発表してくれるよう伝言を頼む。そして都落ちに際して作品を俊成に託したこと、一ノ谷での戦死のありさまを語り回向(えこう)を願って消える。1人のシテが忠度自身であると同時に、戦いの相手の岡部六弥太(ろくやた)ともなり、またそれに第三者の客観描写や詠嘆までも加わるのは、能の演技の特徴である。[増田正造]

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世界大百科事典内の忠度の言及

【須磨都源平躑躅】より

…1730年(享保15)11月4日(番付による)から大坂竹本座初演。《平家物語》《源平盛衰記》を題材としながら,直接には,謡曲《忠度(ただのり)》,近松門左衛門作の1686年(貞享3)7月《千載集》(作者推定),同年初冬《薩摩守忠度》,88年(元禄1)《念仏往生記》(作者推定,改題本《大原問答》《大原問答青葉笛》《須磨寺青葉笛》)などを先行作とする。別名題《源平魁躑躅(さきがけつつじ)》。…

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