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カニング Canning, Charles John, Earl Canning

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カニング
Canning, Charles John, Earl Canning

[生]1812.12.14. ロンドン
[没]1862.6.17. ロンドン
イギリスの政治家,インド初代副王。 G.カニングの3男。 1836年下院議員となり,41年外務次官,56年インド総督に就任した。着任直後の 57年インド大反乱が起り,58年夏にはその鎮圧に成功。同年8月インド統治改善法が発布され,インド統治はイギリス東インド会社からイギリス王室の手に移り,カニングは初代副王とされた。 59年伯爵を授けられる。反乱の反省から,彼は各種の改革に着手し,軍隊の再編成,財政再建のための新税制の導入,小作人保護のための地代法の制定,裁判所機構の改組などを行なった。また 61年の参事会法によりインド人に官界への道を開くなど,親英層の育成に努めた。 62年退官。

カニング
Canning, George

[生]1770.4.11. ロンドン
[没]1827.8.8. ロンドン
イギリスの政治家。 1793~1827年下院議員。ピット (小) の政策を支持,1796~99年外務次官。 1807~09年ポートランド公内閣の外相。 16~21年リバプール伯内閣のインド監督局総裁。カスルレー (子) のあとをうけて再度外相 (1822~27) となり,神聖同盟の反動的な動きから離れた外交政策を展開。ラテンアメリカ諸国の民族主義運動には不干渉策をとり,23年旧スペイン領諸国の独立を承認。ギリシアのトルコに対する抵抗やポルトガルの民主派の活動など,ヨーロッパ内の自由主義的な動きを支援した。内政では自由貿易支持,W.ハスキソンと協力して穀物法の緩和に努力。議会改革には反対したが,自由主義的な彼の政治姿勢はホイッグ党からも支持を得た。 27年4月首相。まもなく病没

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デジタル大辞泉の解説

カニング(George Canning)

[1770~1827]英国の政治家。各国の国民主権民族自決の運動を支援、ウィーン反動体制に抵抗した。1827年、首相となるが4か月後に病没。

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百科事典マイペディアの解説

カニング

英国の政治家。ホイッグ党からトーリー党に転向,ポートランド内閣で外相(1807年―1810年)となるもカスルレーと対立して辞職。1822年―1827年再度外相となり自由主義的外交政策を展開,モンロー宣言,ギリシアの独立を支援したが,内政においては選挙法改正に反対した。
→関連項目カースルレーハスキッソン

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世界大百科事典 第2版の解説

カニング【George Canning】

1770‐1827
イギリスの政治家。イートンオックスフォードを経て,1794年代議士に当選,トーリー党に属した。すでに学生時代から才気煥発,雄弁をもって聞こえたが,議会にはいってからはピットに認められ,外務次官(1796‐99),海軍主計長官(1804‐06)などを歴任後,37歳でポートランド内閣の外相となり(1807),ナポレオン戦争遂行の任に当たった。だが,陸軍・植民相のカースルレーとうまくゆかず辞任し,彼と決闘して腿に軽傷を負った(1810)。

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大辞林 第三版の解説

カニング【George Canning】

1770~1827) イギリスの政治家。外相として自由主義外交を展開、中南米諸国やギリシャの独立を支援し、ウィーン体制に対抗。1827年首相。

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367日誕生日大事典の解説

カニング

生年月日:1812年12月14日
イギリスの政治家
1862年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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