生きものが食物をとるとき、もっとも簡単な型では「吸う」、すこし複雑になってくると「なめる(舐める)」「かじる(齧る)」があり、さらに「かむ」というように、口の部分での食物のとり方には、さまざまある。液性の食物に比べて、植物性・動物性の食物塊をとる場合には、食べるために、まず「引き裂く、引きちぎる、かみ切る、擦りつぶす」といった、主として機械的な動作が必要である。それらをまとめて普通「かむ」といっている。したがって、そのための種々の構造ができあがっている。
[藍 尚禮]
「引き裂くため、引きちぎるための牙(きば)」「かみ切り、かみ砕くための牙」そして「擦りつぶすための牙」というように、それぞれ役割のはっきり決まった固い組織、それを支えるための骨格、さらにその骨を動かすための強靭(きょうじん)な筋組織とがある。こうしたものすべてがそろっていないと、かむ装置を備えている動物の場合、食物の摂取、ひいては消化までできないことになる。かむという動作一つをとってみても、非常に多くの種類の動物に、さまざまな「かみ方」をみることができる。
たとえばウニ、ヒトデの仲間の棘皮(きょくひ)動物でも、すでに食物をかむ歯のようなものがあり、そこに筋肉が付着しているのをみることができる。
[藍 尚禮]
もっともよく知られているのは昆虫の場合で、大きいあご(顎)、小さいあごと、何枚かの牙状の顎脚(あごあし)が左右についていて、これが同時に物を挟むようにするので、肉食用にも草食用にも都合のよいでき方をしている。この顎脚は脚とよばれるだけに、もともと、あし(脚)であったはずのものが、進化の過程で物をかむための装置に変わってきたものである。イナゴ、バッタ、コオロギなどの直翅(ちょくし)類昆虫ではとくに大きく発達している。このようなかむ装置は、左右から物をかみ、引きちぎり、口の奥に押し込むといった、種々の役割をもあわせもつものであるが、ヒトの場合のかむ装置と比べてみると、その違いがよくわかる。
[藍 尚禮]
かむための仕組みで、もっともよく進化しているのは、なんといっても脊椎動物の場合で、これは、どのような餌(えさ)を主としてとるかの食性によって変わっている。しかし一般に肉食性の動物は、引きちぎり、引き裂くための歯が前方に位置し、先は鋭くなっている。門歯、犬歯とよばれている歯が、それらの役を果たすもので、門歯でかみ切り、犬歯つまり牙で餌を押さえる。イヌ、ネコの場合に、このことがよくわかる。
ウシ、ウマのように草食性の動物の場合、門歯、犬歯などよりも、むしろその奥に並んでいる臼歯(きゅうし)が重要で、消化しにくい植物性の餌を、擦りつぶすための装置として役だっている。したがって歯の形は上面平坦(へいたん)で台型をなし、上下の歯で上下・左右に擦りつぶすのに都合よくできている。もちろん固い餌をかみ砕くためにも利用されるので、草食性の動物に限らず、肉食性の動物の場合にも、これらの歯はよく発達している。
[藍 尚禮]
ヒトの場合、「かむ」動作は、おもに食物をかみ砕く目的に利用されるほか、ときには縫い糸を切るなどに役だてることもある。かむために、咬筋(こうきん)とよばれる横紋筋を収縮させて下(した)あごを強く上(うわ)あごに押し当てるとき、筋自身の中に収縮の大きさを調節する仕組み(筋紡錘(きんぼうすい))があり、やたらにむだな力を出してかむことのないようにしている。もっとも強くかむと、1平方センチメートル当り、その人の体重と同じ重量が出るといわれ、その力の大きさが想像できる。物の固さ、柔らかさは、歯の根の部分にある神経で知覚するといわれ、この部分には、1ミリメートルの1000分の50以下のわずかの歯のひずみにも、異常を感じる鋭い感覚があるといわれている。
ヒトは「雑食性」のため、これらの歯は、イヌ、ネコのように鋭い牙状にもなっておらず、ウシ、ウマにみられる大きい臼(うす)型の歯になっているというわけでもない。しかし、動物の進化の跡をきちんと示すように、ヒトの左右の上あご・下あごの歯は、門歯、犬歯、小臼歯、大臼歯が2・1・2・3と計8本、上あご・下あご全体では32本の歯がそろっている。ヒトの歯は、胎児の時代に、すでに歯のもとになる細胞が上あご・下あごにきちんとそろっているが、一生のうち歯の生えかわりが幼児期にある(乳歯から永久歯へ)ほかには、ネズミにみられるような歯の絶え間ない成長はない。また、もっとも奥の臼歯は、生涯生えないことすらある。食性の変化により、歯の形や数がかならずしも固定的に決まっているものではないらしい。
[藍 尚禮]
いままで述べてきた食物のとり方とは別の側面で、「かむ」ことの行動学上からの関心が、最近高まってきている。よく知られているイヌやネコでの「軽いかみ合いによる仲間づくり」から、身を守るための闘争の道具としての「かみ合い」、また、毛づくろいにみられる親愛・求愛の行為に「かむ」というしぐさもよく見受けられる。そのほか、手で仔(こ)を抱えるかわりに、かむことで仔を運ぶことも行う。これらは、すべて前肢が歩行の目的に主として使われるため、ヒトの場合のように、前肢=手、と後肢=足の機能的区分が明瞭(めいりょう)になっていない場合に多く、「かむ」行為が物を食べるという本来の目的以外に使われている例といえよう。
こうした食物をとるとき以外にも「かむ」しぐさをする動物の場合、上あごと下あごとを動かす筋肉がよく発達していて、そのうえ、その筋肉の収縮の大きさまで微妙に調節することのできる神経連結までできあがっている。固い食物、柔らかい食物をかむとき、また同類の動物との友情表現・求愛表現の際のかみ方などは、すべてコントロールされた筋の収縮のおかげで、そのときどきの必要な「かみ方」をつくりだすのである。
[藍 尚禮]
特殊の輪郭をもっている原動節と、ナイフエッジ・ローラーのような簡単な形状の接触子をもつ従動節との接触によって、従動節に所要の周期的変位を与える装置。簡単な構造で複雑な運動を導くことができるので利用範囲は広く、各種加工機械や作業機械などに使用されている。また自動機械の複雑な運動を得るためにも多数のカムが必要である。
カムはその輪郭または溝が平面曲線でできている平面カムと、空間曲線でできている立体カムとに大別できる。
〔1〕平面カム もっとも普通に用いられている板カムは、従動節を押し上げるだけで、引き下げるのには重力によるか、あるいはばねの力を使う。内燃機関の吸排気弁を動かすのにこの種のカムが使用されている。輪郭がハート形をしているものをハートカムという。これは等速回転運動を等速往復直線運動に変えるものである。またハートカムは、その中心に向かって従動節を押し付けると、従動節はつねにハート形のくぼんだ位置にくるので、従動節を押し付けたときのハートカムの位置は一定である。これを利用して、ストップウォッチのように針をゼロの位置に戻すのに利用されている。平面カムで溝をつけ従動節を溝に沿って動くようにした溝カムは、従動節を確実に押し上げ、また引き下げることができる。このようなカムを確動カムという。
平面カムの種類は多いが、例としていくつかあげると次のようなものがある。(1)砕石機、米搗(こめつ)き機などの杵(きね)を上下させるために突起をいくつかもったカム。(2)三角形状で、1回転すると枠についている棒は1回の上下運動をし、それぞれその終端で静止させるカム。すなわちカムが連続的に回転すると上下の極で静止する間欠往復運動が得られる。(3)特殊の形状をもつ山形のカムは、左右に往復運動をすると、この上にのっている従動節は特殊な上下運動をする。これは直動カムという。
〔2〕立体カム 実体カムともいう。もっとも簡単なのは斜板カムである。斜めの板の端に従動節がのっているもので、斜板が中心軸の周りに等速回転運動をすると従動節は上下の正弦運動をする。円筒の表面に溝をつけたものを円筒カムという。円筒が回転すると母線に沿って従動節は直線運動をする。また円錐(えんすい)の表面に溝をつけたものを円錐カムといい、やはり母線に沿って従動節に往復運動を与える。水平軸を取り付けた球の表面に溝をつけたものを球面カムという。水平軸の周りに球を回転させると、軸線が球の中心を通過する垂直軸に取り付けた弓状片の突起が球の溝に沿って左右に振れ動き、垂直軸は特殊な振動をする。
[中山秀太郎]
回転運動をしている原動軸と接する部分に複雑な運動を行わせたい場合に用いられる機械要素。実現したい運動に対応した輪郭をもった剛体を原動軸に取りつけ,この剛体の輪郭に押しつけられている部分(従動体と呼ぶ)に所望の運動を起こさせるもので,この輪郭をもった剛体のことをカムと呼ぶ。身近な利用例としては自動車のエンジンなどガソリンエンジンの吸排気の弁の開閉を行う機構で,クランク軸の回転運動をカムに伝えてこれを回転させ,カムに接する従動体によってタイミングよく吸排気の弁の開閉を行っている。
カムの起源は定かではないが,その語源は古代チュートン語の歯のついた道具を意味するkambrという言葉と関係があるらしい。水車などの軸に突起物を埋め込み,これによってつちをはね上げて粉ひきなどに使ったが,これが上に述べた〈歯のついた道具〉であり,カムの原始的な形態と考えることができる。ちなみにカムと櫛 combの語源が同じだという説もある。
カムには多くの種類があるが,図にその基本的なものを示す。aは平板カムと呼ばれ,輪郭を与えられた平板がそれと垂直に取りつけられた軸のまわりに回転し,従動体が往復直線運動を行う。カムの中でもっとも広く使われるものである。bは円筒カムと呼ばれるもので,円筒体の表面に切った溝の中に従動体の突起が入っており,カムが回転すると従動体は左右の往復直線運動を行う。魚釣りのリールの糸巻部などによく利用されているのがこれである。円筒カムによく似ているものに,カムを円錐形として,カムの軸に対し傾斜した従動体に運動を伝えることができるようにした円錐カムがある。cは球形カムで,球の表面に溝を切ってあり,これが軸のまわりに回転すると,従動体はその軸と直角方向を軸としてある角度内で往復の回転運動をする。dは斜板カムと呼ばれ,平らな円板が軸に対してある角度をもって取りつけられているもので,これを回転すると従動体は上下に運動する。eは直動カムと呼ばれ,直線往復運動を,それと直交する方向の直線往復運動に変換するものである。カムの原理を説明するためのモデルとして教科書などによく示され,また実用的には,自動機械で応用されることも多い。fは今までのカムとは逆に,カムが従動体となるもので,逆カム装置,インバースカムあるいは反対カムと呼ばれる。Dが回転するとこれに固定されたピンがカムの溝に沿って動き,カムは上下に運動する。
このように,カムを利用することによって,他の機構では実現困難な運動も比較的容易に実現できるので,カムは種々の機械に用いられており,ジグザグミシンの模様を生み出すカムなどはかなり複雑な動きを容易に実現している好例である。
執筆者:三浦 宏文
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…中国,貴州省南東部,湖南省,広西トン族自治区に分布する少数民族。自称カム。漢族は洞人,洞家と呼称。…
※「かむ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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