カランサ(その他表記)Venustiano Carranza

改訂新版 世界大百科事典 「カランサ」の意味・わかりやすい解説

カランサ
Venustiano Carranza
生没年:1859-1920

メキシコの政治家,大統領在任1917-20)。北部コアウイラ州の地主の子に生まれ,州知事,連邦議会議員を経て,メキシコ革命勃発とともにF.I.マデロの運動に参加。1913年3月反革命勢力打倒と護憲主義を掲げた〈グアダルーペ宣言〉を出して護憲主義運動を組織し,護憲派軍第一統領として戦い,革命の内乱を終結させた。内乱中,農地改革法をはじめ多くの社会改革法を発表し,メキシコ全土を制覇したのちこれらの改革諸法をもり込んだ1917年憲法制定した。この憲法にのっとって大統領に就任したカランサは,その民主的・改革的条項実行には熱意を示さなかったが,この間外国の干渉に対して強い抵抗の姿勢をとるとともに,第1次大戦ではメキシコの中立を守った。18年に発表した国家間の不干渉主義と外国人が自国民より優遇されてはならないことをうたった〈カランサ・ドクトリン〉は今日のメキシコ外交の基礎となり,またラテン・アメリカ諸国へも大きな影響を与えた。
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百科事典マイペディア 「カランサ」の意味・わかりやすい解説

カランサ

メキシコの政治家,大統領(在任1917年―1920年)。北部コアウイラ州の地主の家に生まれる。1910年メキシコ革命に参加。1913年3月立憲主義を掲げてウエルタ反革命政権打倒に立ち上がり,1914年7月これに成功,それに続く革命の内乱を終結させた。1917年,内乱中に発表した農地改革法をはじめ多くの社会改革法を盛り込んだ憲法を制定,大統領に就任。民主・改革的条項の実行には熱意を示さなかったが,外国の干渉には強い抵抗の姿勢をとった。盟友オブレゴンらと対立し,失脚,暗殺された。
→関連項目サパタビリャ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カランサ」の意味・わかりやすい解説

カランサ
Carranza, Venustiano

[生]1859.12.29. コアウイラ,クアトロシエネガス
[没]1920.5.21. プエブラ,トラスカラルトンゴ
メキシコ革命の指導者。大統領 (在任 1917~20) 。大地主で革命前は州会議員,上院議員などを歴任していたが,1910年メキシコ革命に参加,13年以後「第一統領」として革命の主導権を握った。 15~16年 E.サパタ,P.ビヤらの率いる農民軍を弾圧,「1917年憲法」を制定して大統領に選ばれた。しかし保守的な政策をとったため民衆の支持を失い,20年 Á.オブレゴン将軍の反乱で追われ,逃亡中暗殺された。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カランサ」の意味・わかりやすい解説

カランサ
からんさ
Venustiano Carranza
(1859―1920)

メキシコ革命の指導者、メキシコ大統領(在任1917~20)。メキシコ北部コアウィラ州の大地主で、ディアス独裁期の同地方の有力な政治家であったが、1910年マデロの指導するメキシコ革命に参加した。11年革命の勝利とともにコアウィラ州知事に選ばれ、13年ウエルタ将軍の反革命クーデターによってマデロ大統領が殺されると、自ら「革命第一統領」と称して革命の指導権を握り、翌14年ウエルタ反革命政府を打倒した。14年から17年にかけてサパタとビリャの率いる農民軍を弾圧、17年新憲法発布とともに正式に大統領に選ばれた。しかし本質的には保守主義者で、新憲法に定められた諸改革を実行せず民衆の支持を失い、後継者問題も絡んで20年部下のオブレゴン将軍の反乱によって暗殺された。

[野田 隆]

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「カランサ」の解説

カランサ
Venestiano Carranza

1859~1920

メキシコの政治家。北部コアウィラ州の地主だったが,メキシコ革命に加わり,主導権を握って,1917年憲法制定で中心的な役割を果たし,大統領(在任1917~20)を務めた。対外政策において外国の干渉を退けるなど,一定の成果をあげたが,権威主義的な体質で,民主的改革には消極的であり,急進的な農地改革に反対したため,協力者オブレゴンが反旗をひるがえし,逃亡中に暗殺された。

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旺文社世界史事典 三訂版 「カランサ」の解説

カランサ
Venustiano Carranza

1859〜1920
メキシコ大統領(在任1917〜20)
大地主出身で,マデロによるメキシコ革命に参加,マデロの暗殺後対立していたウエルタに勝利し,土地改革の規定を盛り込んだメキシコ憲法を制定,1917年大統領に就任した。しかしその後,資源国有化問題や土地改革に消極的な態度をとるなどしたため,民衆蜂起が発生し,捕らえられ殺害された。

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世界大百科事典(旧版)内のカランサの言及

【ビリャ】より

…1910年,メキシコ革命勃発と同時に小武装集団を率いて革命軍に加わり,ディアス独裁政権の打倒に貢献した。のちV.カランサの護憲主義運動に参加し北部軍団司令官となった。しかしカランサと対立し,アメリカ国境侵犯事件やアメリカ人殺害事件を起こしてアメリカの軍事介入を招くなど,北部でカランサ政府に対する反抗運動を展開した。…

【メキシコ革命】より

…そして,旧体制派が巻き返してマデロを暗殺し,ウエルタVictoriano Huerta(1854‐1916)反革命政権を樹立したが,このウエルタ時代(1913年2月~14年7月)が動乱期の第3段階である。この間,立憲主義を主張したカランサを中心とするメキシコ北部勢力がウエルタ政権打倒を目ざして立ち上がり,14年7月ウエルタの追放に成功したが,革命動乱は地主・資本家・中産階級を代表するカランサ派と農民を代表するサパタ派およびビリャ派に分裂して,14年秋には内戦状態へと発展した。この期間を動乱期の第4段階とする。…

※「カランサ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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