改訂新版 世界大百科事典 「キイチゴ」の意味・わかりやすい解説
キイチゴ (木苺)
brambles
Rubus
開花後,子房壁が多肉質にふくらみ,集合果をなし,いわゆるキイチゴ状果をつくるバラ科の一つの属。果実は通常,食用になる。キイチゴの和名は,草イチゴに対して,木になるイチゴの意味である。北半球の温帯に多いが,世界のすべての大陸に分布する。分類の困難な群で,種の範囲が研究者によって異なっており,その結果,200~3000種あるという。日本には35種が沖縄から北海道にかけて分布している。
植物体は変化に富み,草本に近いものから木に近いものまであるが,ほとんどのものは灌木である。つる性のものでは,10m以上に伸びることがある。地上の茎は,2年で枯れるのが普通であるが,まれに1年または数年にわたって生きるものもある。多くの種は,茎や葉にとげがある。葉は,非常に変化に富んでいて,托葉がある。花は,いろいろな型の花序をなすものがあるが,虫媒花で多種の昆虫が訪れる。花は普通,萼片5枚,花弁5枚,おしべおよびめしべ多数からなる。花弁は白色,桃色,または赤色。果実の色は白,橙,赤,黒,またはそれらの中間であり,石果または核果といわれる。鳥や獣に食べられ,遠くに運ばれ,種子は糞とともに出される。キイチゴのいわゆる種子は,形態学的にはモモやウメと同じで,真の種子を堅い内果皮がおおったものである。
花を観賞するためや果実を食用にするために栽培され,品種改良が進んでいるものもある。外国では,ある種の未成熟果や植物体の全部かまたは一部を薬として,利用している。
日本の野生種の主要なものには,次のような種がある。苗代の頃に実がなるナワシロイチゴR.parvifolius L.は,全国の原野や低山地に見られ,葉は3出葉で,果実は赤色である。カジノキの葉に似た葉をもつカジイチゴR.trifidus Thunb.は,植物体にとげはなく,海岸近くに分布する。花弁は白色,果実は橙色,早春の頃,生け花として利用される。モミジ(カエデ)に似た葉をもつモミジイチゴR.palmatus Thunb.は,山地に普通で,花弁は白色,果実は橙色でおいしい。果実の内果皮が苦いニガイチゴR.microphyllus L.f.は,花弁は白色,果実は赤色である。花弁が暗赤色のベニバナイチゴR.vernus Fockeは,本州と北海道の高山に見られ,果実は赤く熟し,北アメリカのsalmonberryと最も似ている植物である。クマが食べるというクマイチゴR.crataegifolius Bungeは,全国いたる所の原野や山地に見られ,花弁は白色,果実は赤色である。茎は黒みを帯び,背が高く,クマのように頑強な植物である。果実が小判形で光沢のあるコガネイチゴR.pedatus Smithは,白山以北の本州と北海道の高山に分布し,花弁4~5枚で白色,果実は赤色である。冬に果実が見られるフユイチゴR.buergeri Miq.は,北陸・関東以西の山地の林縁または疎林下に見られ,花弁は白色,果実は赤色である。蝦殻(えびがら)色の毛を一面にもっているエビガライチゴR.phoenicolasius Maxim.(英名wineberry)は,全国の山地に分布する。葉や花がバラに似るバライチゴR.illecebrosus Focke(英名strawberry-raspberry)は,関東以西の少し高い山地に見られ,花弁は白色,果実は赤色,北アメリカで栽培される。
執筆者:鳴橋 直弘
栽培キイチゴ類
キイチゴ類は欧米で果樹として品種改良が進んだ。それら栽培種は今日,ラズベリーとブラックベリーとに二大別される。両者の基本的な区別は,果実が熟すると花托の部分から離脱し,中空となってとれるのがラズベリー,花托を付着したまま,芯がつまった形でとれるのがブラックベリーである。両者は果実の形状のみでなく風味もかなり異なっており,環境適応性のちがいから,産地の分布にも相違がみられる。また栽培起源もそれぞれ独立しており,ラズベリーは16世紀初頭,ヨーロッパの修道士がはじめ,ブラックベリーは19世紀初め北アメリカに発している。アメリカ南部原産のつる性大果種で,デューベリーと呼ばれるグループがあるが,ボイセンベリー,ヤングベリー,ローガンベリーなどとともに広義でのブラックベリーに含まれる。ボイセン,ヤング,ローガンはそれぞれ発見者の名に由来する北アメリカ西部原産の特徴あるつる性大果種であるが,いまだにそれらの遺伝関係は判然としていない。日本には野生ラズベリーは存在するが,野生ブラックベリーは存在しない。近年のキイチゴ主産地は旧ソ連,ドイツ,イギリス,ポーランド,アメリカ北西部,ハンガリーなどで,研究の歴史はイギリスが古い。用途は,生菓として,アイスクリーム,ヨーグルトにそえたりミックスしてデザート用に,加工してジャム,ペーストリー,ケーキ用に,またジュース,シロップ漬缶詰,冷凍菓として多方面に利用また輸出されている。
執筆者:松井 仁
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報