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キクユ族 キクユぞくKikuyu

翻訳|Kikuyu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キクユ族
キクユぞく
Kikuyu

ケニア中央高原南部に住むバンツー語系の一民族。自称 Gekoyoあるいは Agekoyo。人口約 500万を有し,初代大統領 J.ケニヤッタを出したケニア最大の民族。集約農業を営み,雑穀,芋,豆,コーヒー,とうもろこしなどをつくる。地域単位は一夫多妻制の複合家族を基礎とする父系親族集団であるが,そのうえに9つの氏族と多数のリニージがある。かつては,直線型の年齢組が地域政治,軍事,宗教組織を支えていた。近隣のカンバ族マサイ族とは最も近縁関係にあるが,牛の略奪戦を行なった。 1950年代にはマウマウ団の中核として,イギリス植民地政府に抵抗した。宗教は創造神を信仰し,祖先崇拝を行う。

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世界大百科事典 第2版の解説

キクユぞく【キクユ族 Kikuyu】

ケニア最大の部族で,言語的には北東海岸バントゥー語系に属する。ケニア山南西麓を中心として広い地域に住んでおり,牧畜民マサイ族や狩猟民ヌドロボ族の文化をかなり吸収してきた。人口は1962年の160万が79年には320万と倍増している。伝統的にはヒエ,モロコシ,トウモロコシサツマイモ,マメ類などの栽培を中心とした農耕民で,牛,ヤギ,羊等の家畜飼養も行った。牛は富の象徴であり,ヤギ,羊は一種の通貨としての役割も果たしていた。

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世界大百科事典内のキクユ族の言及

【マウマウの反乱】より

…東アフリカのイギリス植民地ケニアにおいて1950年代に起こった,キクユ族を中心とするイギリス統治反対の武力闘争。ケニア・アフリカ人同盟(KAU)の漸進主義にあきたりない急進派は,51年ころよりホワイト・ハイランドの農業労働者やキクユ地域の貧農の間に闘争組織を拡大したが,これを植民地政府はマウマウMau Mauという名の秘密結社が存在すると考え,その禁止を布告した。…

※「キクユ族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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