キャベンディシュ

百科事典マイペディアの解説

キャベンディシュ

英国の物理学者,化学者。デボンシャー公2世の孫で,フランスのニース生れ。ケンブリッジ大学に学んだが,社交を好まず,生涯独身でほとんど私邸内の実験室で過ごした。その研究も多くは未発表で,死後マクスウェルが公表。静電気についての研究,精巧なねじれ秤による万有引力定数の測定,潜熱や比熱の研究,水素の発見(1766年),の組成決定などの業績がある。→キャベンディシュ研究所
→関連項目

キャベンディシュ

英国の航海家。1586年3隻の船を率いてプリマス出帆大西洋を南下し,南米からフィリピン,ジャワ,喜望峰を経て1588年帰国,マゼランドレークに続く3人目の世界周航者となった。のち航海中に没した。

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世界大百科事典 第2版の解説

キャベンディシュ【Henry Cavendish】

1731‐1810
イギリスの物理学者,化学者。父チャールズは第2代デボンシャー公の五男で,宮廷に仕えるとともにローヤル・ソサエティに属し,気象学などに興味をもち,自邸に実験室を設けて電気の実験なども行っていたことが知られている。ヘンリーはその長男で,ケンブリッジ大学に学び,能力についての高い評価を受けながらも,学位を取らずに1753年に大学を去った。当時の大学の学位取得に伴う宗教的手続きを忌避したためであろうと考えられている。

キャベンディシュ【Thomas Cavendish】

1560‐92
イギリスの航海者。キャンディシュCandishともいう。1585年リチャード・グレンビルの航海に加わり北アメリカのバージニアに渡る。86年F.ドレークにならって3隻の船でプリマスを出航,マゼラン海峡を回って世界周航に成功,88年帰国。途中カリフォルニア沖で2人の日本青年を助けて同行する。91年彼らを伴い再度東方を目指したが,翌年マゼラン海峡近くで僚船と離れ,南大西洋に没。【越智 武臣

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世界大百科事典内のキャベンディシュの言及

【水素】より

…トリチウムはβ線を出して崩壊する。 はじめて水素をつくり,その性質を研究したのはイギリスのH.キャベンディシュ(1766)である。彼は鉄,亜鉛,スズなどに希硫酸や希塩酸を加えて水素を発生させ,可燃性の軽い気体が発生することを認めた。…

※「キャベンディシュ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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