目次 水の科学 軽水と重水 水の構造と性質 水への他物質の溶解 水の状態図 自然界における水 水と生命 水と文明 水と人間のくらし 水と宗教 水はわれわれが目にする最もありふれた液体であるが,人間生活にとって欠くことのできない物質である。地球に生物が存在するのも水があるからで,今から46億年ほど前に地球が誕生し,内部から出てきたガスで大気が形成され,それに含まれていた水蒸気が冷却して水になったと考えられている。現在,地球上には海に大量の水があるが,地球の誕生後5億年ほどでそのほとんどの量が形成されたとする説と徐々に増加して現在の量になったとする説があり,前者が有力視されている。
水の科学 水が地上に遍在し,種々の状態変化を繰り返し,なかんずく生命の維持に不可欠な物質であることは,古代人もすでによく知るところであった。前6世紀,古代ギリシアの哲学者ミレトスのタレスが,〈水は万物の根源なり〉と唱えたのもこのゆえであろう。その後,エンペドクレスは前5世紀に,水,空気,土,火の4物質を万物の元素(原質)とし,その離合集散によって自然界の現象を説明した。さらにアリストテレスはこの4元素の背後に真に万物の根源である〈第五元素〉の存在を仮定し,これが冷,熱,乾,湿の四つの性質を種々の組合せで帯びて,実在の4元素となるものと考え,水を第五元素が冷,湿の性質を帯びたものとして定義した。このように水を万物の根源,あるいはその一つとみる思想は古代インドにもあり,仏典にみられる四大 (地,水,火,風)およびこれに〈空〉を加えた五大の思想はまさにギリシアのエンペドクレス,アリストテレスの元素観と酷似していることは興味深い。しかし近代化学の進歩とともにこれらの古い物質観は消滅し水が元素でなく化合物であることが明らかになった。すなわち18世紀末,イギリスのH.キャベンディシュは金属と酸との反応で軽い気体(現在の水素)が発生し,これが容易に燃えて水となることを発見し,さらにフランスのA.L.ラボアジエはこの水素が化合する相手が空気中の酸素であることを,合成,分解の両面から確かめた。その後19世紀の初頭,イギリスのJ.ドルトンは水素と酸素とが約1:7(正しくは約1:8)の重量比で化合して水となることを,またフランスのJ.L.ゲイ・リュサックとドイツのA.vonフンボルトは両者が同温同圧で2:1の体積比で化合することを見いだした(1805)。これらの成果がA.アボガドロの分子説(1811)によって総合されて水の分子式H2 Oが定められた。このように水の研究は近代化学の発展の最も重要ないとぐちの一つとなったものである。
軽水と重水 水は天然に得やすく,精製しやすい物質であるから,19世紀以来,多くの物理量の基準として利用されてきた。たとえば,純水1l の質量を1kgとし,純水の融点を0℃,沸点を100℃とし,また1gの水の温度を1℃上昇させるのに必要な熱量を1calとするなどである。ところが測定技術の進歩とともに,十分精製された純水の性質にもその出所や精製法によって微細な差があり,たとえば密度の値は小数点下5~6けた目のあたりでわずかに変動して,完全に一定にならないことがわかった。これは,天然の水素や酸素が通常の質量数1および16のもの(1 H,1 6 O)のほか,質量数2の重水素(2 HまたはD),質量数17,18の重酸素(1 7 Oおよび1 8 O)と呼ばれる同位体をわずかずつ含み,そのためそれらの化合によって生ずる水にも表1に示すような多数の分子種が含まれ,その混合比が多少変動するためである。
これら分子種のうち,H2 1 6 Oは〈軽水〉,それ以外のものは一括して〈重水〉と呼ばれるが,ふつう重水というときには,純粋な形で取り出され,性質がよく研究されているD2 1 6 Oをさし,D2 Oと略記することが多い。表2に通常の純水H2 Oの物理的性質(実際上,その大部分を占める軽水H2 1 6 Oの性質と考えてもよい)と,重水D2 Oの性質を比較して示す。表からみられるように両者の差は一般に小さく,D2 O以外の重水の性質との差も同様に小さいものと思われるので,微量の重水の存在が通常の水の性質に影響することはほとんどない。しかし20世紀の初期アメリカのH.C.ユーリーによってD2 Oがはじめて純粋に取り出され(1931),これに伴って水の同位体的組成が明らかになったこと,またさらにD2 Oの電気分解によって純粋な重水素D2 が得られ,化学的研究に広く利用されるようになったことは,同位体の化学に革命的な進歩をもたらし,原子力・核融合の問題に連なる水の科学史の第2の飛躍のページを開いたものといえよう。 →重水 →重水素
水の構造と性質 現在,水分子の構造はかなり正確に知られている。気体の水分子はOを頂点に2個のHから成る二等辺三角形で,O-H結合の長さは0.96Å,∠HOHの角度は104.5°である。結合は約30%のイオン性を帯びた共有結合で,このため水分子は約1.85D(Dは双極子モーメントの単位デバイの略号。1D=3.336×10⁻3 0 C・m)の双極子モーメントをもつ,極性の強い分子になっている。固体の水(氷)の中では,このような分子はさらに水素結合によって三次元的に結びつき,すき間の多い結晶格子をつくっている(氷 )。水素結合は静電気的引力の性格の強い力であるから,無極性分子や極性の低い分子の間に一般に働く分子間力 (ファン・デル・ワールス力)よりは格段に強い。そのため氷はイオン結晶に匹敵するほど硬くモース硬度3~4(-30℃)に達する。また融点の値も低分子量の分子性化合物としては著しく高い。氷が融解して水になっても,その中にはまだ多くの水分子が水素結合によって互いに結びつき,多少とも氷に似た構造をつくっている〈クラスターcluster〉と呼ばれる部分が至る所に残っており,これが温度の上昇とともに順次崩れて,自由に運動する水分子の割合が増していくものらしい。水の粘性率がたとえばメチルアルコールのような液体より50%ほども高いことは水素結合のために分子の自由な流動が妨げられていることの表れであり,また水の比熱が大きいことも,温度の上昇とともにクラスター中の水素結合が切断されていくために大きな熱エネルギーが消費されることを示している。沸点付近の温度になっても,まだ多数の水分子は水素結合で互いに引き合っているらしく,このため水は沸点も蒸発熱も著しく高い。水素結合の存在によって起こる水や氷のこれらの特異な性質は,水と同程度の分子量をもつネオンNe,メタンCH4 ,アンモニアNH3 など,あるいは水と似た分子構造をもつVIB族元素の水素化物(硫化水素H2 S,セレン化水素H2 Seなど)の性質と比較してみればいっそうよくわかる(図1)。 →氷
水への他物質の溶解 水は多くの物質を溶かす。とくにイオン結合からできている塩類や強アルカリ,また極性の強い共有結合を含む分子(たとえばハロゲン化水素,アンモニア,二酸化硫黄,アルコールなど)には水に多量に溶けるものが多い。これに反して,無極性の分子(たとえば酸素O2 ,窒素N2 ,ベンゼンC6 H6 など)には水に溶けにくいものが多い。イオン結晶が水に溶けるときは,結晶中の陰陽両イオンは図2-aのように水分子の陽電気を帯びたH原子や陰電気を帯びたO原子の部分とそれぞれ引き合い,そのためそれぞれ数個の水分子に取り囲まれて水中に引き出される。水溶液中のイオンは,一般にこのようにして周囲の水分子と引き合いながら溶けている。この現象を〈イオンの水和〉と呼ぶ。一方,極性の分子が水に溶けるときにも,その分子中の陰陽の電気を帯びた部分がそれぞれ水分子のH原子,O原子の部分と引き合い,図2-bのような状態になって溶解する。これは〈極性分子の水和〉である。このとき,極性分子と水分子の相互作用が強いと,それらは互いに変形し,ついにはイオンになってしまうこともある。たとえば,
HCl+H2 O─→Cl⁻+H3 O⁺ ……(1)
NH3 +H2 O⇄NH4 ⁺+OH⁻ ……(2)
のような反応は,(1)ではH-Cl,(2)ではH-Oの共有結合がそれぞれ相手分子との相互作用によってイオン的に引きちぎられ,生じたH⁺が相手分子と新たな共有結合をつくる反応で, のような形の水和による分子の変形がさらに進行して起こる変化と考えられる。(1)の反応は完全に右辺に進行するが,(2)の反応は可逆的で平衡状態が成立する。これらの反応で生じたイオンも,それぞれさらに数個の水分子により水和される。
水溶液中のイオンはこのように塩類や極性分子の溶解によって生ずるが,純粋な水自身もごくわずかのイオンを含んでいる。これは次のような反応の結果である。
2H2 O⇄H3 O⁺+OH⁻
すなわち2個の水分子がちょうど上の(1)や(2)と同様の反応をして,オキソニウムイオンH3 O⁺と,水酸化物イオンOH⁻が生ずる可逆反応が,ごくわずか生じているのである。この反応によって生ずるH3 O⁺イオンの濃度[H3 O⁺](略して[H⁺]とも記す)とOH⁻イオンの濃度[OH⁻]との積は各温度で一定の値をとる。これを水のイオン積K W という。常温付近では,H2 OのK W の値は10⁻1 4 mol2 /dm6 ときわめて小さく,D2 Oの値はさらに小さい(表2)。溶液の電気伝導度の値から,H3 O⁺,OH⁻の両イオンは他のイオンよりも溶液中を著しく速く移動できることが知られる。この理由として,図3に示すようにこれらイオンと近隣の水分子の間にできる水素結合を通じて陽子H⁺の移行が容易に起こり,これが見かけ上イオンの移動として観察されるという機構が考えられている。
水の状態図 図4に水の状態図,すなわち水の温度と圧力をいろいろ変化させたとき,水の状態がどのように変化するかのグラフを示す。図で固,液,気と示したのはそれぞれ固体(氷),液体および気体(水蒸気)が生ずる領域であって,それらの境界線A ,B ,C の上では,互いに隣接する二つの相が平衡して共存することができる。たとえば1気圧の水の温度を上げていくと,はじめ氷であった水はP点で液体と共存するようになり,ここを過ぎると完全に液体になる。さらに温度を上げると,液体の水はQ点で1気圧の水蒸気と共存するようになり,ここを過ぎると完全に水蒸気になってしまう。すなわちP点,Q点は1気圧のもとにおける水の融点(0℃),沸点(100℃)に当たる。他の圧力のもとにおける融点,沸点も,同様に状態図から求められる。A 線は水の蒸気圧曲線と同一の曲線になるが,温度,圧力が非常に高くなり,374℃,218気圧以上になると液体と気体の水は互いに区別できなくなり,A 線はこの点(図のK)で終わる。この点を水の臨界点といい,その温度,圧力を臨界温度,臨界圧力という。一方,温度,圧力が低くなると,A 線とB 線は点Tで交わり,固体と液体の水の境界線C も同じ点で交わる。すなわち点T(0.01℃,0.006気圧)では水は気体,液体,固体の3状態が平衡をなして共存できる。この点を水の三重点という。T点以下の温度,圧力では液体の水は存在できず,温度の変化とともにC 線を境として氷が直接水蒸気になり(昇華),また水蒸気が氷として凝結するようになる。図4の圧力の尺度を非常に大きくすると,図5が得られる。この図では図4に当たる部分は横軸の付近に圧縮されて見えなくなるが,その代りに通常の氷(氷Ⅰ)のほか,氷Ⅱ~氷Ⅷの,それぞれ結晶構造を異にし氷Ⅰよりはるかに高い密度をもつ氷が,温度,圧力の変化に伴って生成することがわかる。準安定の状態も含めると,氷の種類はⅠ~Ⅸの9種類になる。これらの氷の構造が十分に理解されてきたのは,超高圧技術の進歩したごく近年のことである。水がはるか古代から,今日に至るまで,科学者に投げかけてきた無数の疑問は,完全に解決されてはいない。 執筆者:曽根 興三
自然界における水 水は地球の表面付近に最も豊富に存在する物質で,太陽エネルギーと重力の作用で絶えず自然界を循環している。海洋からの蒸発と陸地からの蒸発や蒸散で大気中へ運ばれた水蒸気は,凝結して雲となり,究極的には降水として地球の表面へ降る。陸地へ落下した降水の一部は植物によって遮断され,一時的に葉や枝に貯留される。遮断された水の一部は滴下したり幹を流下したりするが,残りは蒸発して大気中へ戻る。土壌面へ到達した雨は,降雨強度が土壌の浸透能を超えない場合には浸透するが,逆の場合には表面を流出して川へ入る。土壌中へ浸透した水は土壌水分として貯留され,蒸発散や地下水涵養(かんよう)の供給源になる。地下水は土壌水の降下浸透によって涵養され,河川,湖沼,海などへ流出する。地球上に存在する約14億km3 の水は存在状態によって海洋,湖沼,河川,氷雪,地下水,土壌水,大気中の水蒸気に分類でき,その量と滞留時間は表3のとおりである。海洋は地球表面の71%を覆い,水の総体積の97.5%を占める。湖沼や河川などの地表水は陸地面積の3%を覆うにすぎない。しかし北極圏では蒸発が少ないうえに永久凍土に覆われている部分が多くあるため排水条件が悪く,淡水面積率が30%を超える地域もあり,とくに融雪期に水面積が増大する。河川水は水量は少ないが循環速度が速く,経済的には最も重要な水である。氷河は陸地面積の約11%を覆い,その量は海水に次いで多い。しかし分布範囲は著しく偏っており,全体の99%以上が南極とグリーンランドにある。地下水については不明な部分が多い。地殻内部には結晶水として岩石と化学的に結合している水が約13億km3 あると推定されているが,この水は地下水には含めない。比較的循環の速い地下水は谷底よりも上位にある水である。一般に地下水の循環速度は深層ほど遅く,深部ではかん(鹹)水や塩水が多くなり,循環に関与しない化石地下水の存在するところもある。地下水の総量は推定の域を出ないが水の総量の0.72%と見積もられている。土壌水は地下水よりもはるかに量が少ないが,植物の生育を支配する重要な水である。大気中の水蒸気は全部凝結させても水深にして25mmしかない。ただしこの値は緯度と水陸配置で異なり,湿潤な熱帯気団地域では40mm以上あるが,乾燥した寒冷気団中では2mm以下である。大気中の水蒸気の99%以上は高度1万m以下の気層中に含まれている。滞留時間は水の貯留量を年間供給量で割った値で,その水が更新されるのに要する平均時間を意味する。水の貯留量と供給量を組み合わせた水文循環の模式図を図6に示す。この図から貯留量の少ない水蒸気と地表水が水文循環で最も重要な役割を果たしていることがわかる。 →水資源 執筆者:榧根 勇
水と生命 水は食物と並んで生命の維持に不可欠であるが,後者と違いエネルギー生成に直接参画するのではなく,生命の活動の舞台を提供しているのである。しかしその重要性は栄養物質に劣らない。少なくともある程度の水分が存在して,はじめて生命が可能になるのである。動植物組織の含水量は一般に60~80%であるが,クラゲ類の多くでは体重の99%以上が水である。しかし,個体全体としては植物の木質,動物の骨格やクチクラなど水分の少ない構造もある。
水は,生体の構成単位である細胞内で,液体状態の原形質の基質となっているが,複雑微妙な細胞内の生化学的過程の秩序正しい進行は,無規則な気体状態や,動きのとれぬ固体状態のもとでは不可能に近い。したがって,水以外の液体が生命の媒体となる可能性は,地球上では事実上ない。しかも水は,それ自体として生命活動に好つごうな多くの特質をもつから,他の天体上の生物の存否を論ずるさいに,液体状の水の有無がおもな条件の一つとされるだけでなく,地球上の生命の起源が論ぜられるときにも原始海洋の成立が必要な一つの前提条件とみなされている。生物の生活環境要因としての水の重要さは,進化における水から陸への移行を振り返るとき,端的に理解される。すなわち陸への侵入につれて,老廃物を大量の水で希釈して流し去れなくなったため,毒性の高いアンモニアを主とする魚類の排出法は,鳥類や多くの爬虫類のように水に難溶の尿酸として,あるいは哺乳類や両生類のように比較的無害な尿素として体外へ排出する方向へ進化してきた。また繁殖についても子宮内受精の機構が発達し,非浸透性の殻で囲まれた閉鎖卵を産みつけ,または胎生を行うようになり,植物の受精機構も,水の存在を要しない直接の受粉という特殊な形式へと推移していく。
このように陸上の生活環境に順応するにつれて骨格,茎や幹などの支持機構の強化が要請され,体内の水分の蒸発を防ぐ表皮系が発達した。植物は吸水用の根,ことに根毛,動物では気体のまま酸素を取り込むための肺がきわめて重要な役割を果たすようになる。乾燥した場所へ進出した生命は,貴重な水分を保持するのにさまざまのくふうをこらしていて,たとえばサボテンは葉をとげの形に変えてしまって,広い葉面からの蒸散を防ぐとともに,針を防御のために用いるという一石二鳥の考案を行い,一方,茎を太くしてそこに葉緑体を置くことによって,葉から失われた光合成の能力も補っている。動物においては,水の不足への対策として代謝水の利用などもみられる。なお,生物における水分保持の機構については〈水分平衡 〉の項目を参照されたい。 執筆者:長野 敬
水と文明 水と人間のくらし 人類は太古から,飲水を得やすい場所を選んで住居を築いてきた。水のあるところには草木の緑があり,植物性の食料を手にすることができた。そのうえ,そこは動物たちの水場でもあって,人びとが狩猟の対象とした動物たちにめぐりあうことも容易であった。そのため,泉や川は古来たいせつなものとされ,〈すべての川には神がいる〉という観念までも生まれた。
集落が大きくなって,水の不足をきたしたところでは,水路を掘って導水する初歩的な上水道 があらわれる。その時期は農耕に伴う灌漑(かんがい)の出現とほぼ同じ,前3000年ころとされている。上水道の歴史は,古代の土木技術の発達の歴史でもあったが,古代ギリシアでは水道橋がつくられ,〈伏越(ふせこし)〉の技術も用いられている。伏越は谷を越えて水を通す方法の一つで,谷の横断面に沿ってU字形に鉛の管を通し,逆サイフォンの原理を応用して通水するものである。古代のローマ市では市民の水をまかなうために,226年までに延長400kmもの水路が建設された。なかでも,前312年にアッピウス・クラウディウスがつくった延長16.5kmのアッピア水道は,その技術水準の高さによって,現在でも驚嘆の的となっている。
水を得にくいところでは,井戸を掘って,地下の水脈から水を得る方法も古くから知られており,インダス文明のモヘンジョダロ遺跡の井戸が古来有名であるが,中国では馬家浜文化(前4000年ころ)の遺跡で,すでに井戸が発見されている。日本では弥生時代の唐古遺跡のものが著名。西アジアなどの乾燥のはげしい地方ではカナート (別名,カレーズ)と呼ぶ施設が古くからつくられている。これは地下に長いトンネルを掘りぬいて,水源から導水する方法である。天水への依存度の高い地方では溜池 が掘られ,また雨乞い の呪法を生むことにもなった。
農業には水が不可欠である。人類は飲水を求めるのと同時に,作物のための水の確保に努めてきた。そのなかで,いろいろの灌漑技術が生み出されてきたが,その技術の発達によって農業の生産力は飛躍的に高まり,その高まりを背景としていくつもの文明が誕生する。古代文明の発祥地は,いずれも大河の流域であった。しかし,その水がときには狂暴性を発揮して,人間生活を破壊する。河川の氾濫,海との関係では高潮,津波などがその代表的な例である。とくに農耕社会における河川の氾濫は,深刻な飢饉をもたらすものとして恐れられた。この面で発揮された人類の知恵は,治水 ,治山 の技術として結晶している。
地球上の水は,その大部分が海水として存在する。海は古くから人類の生業の場の一つとなってきた。そして,飲料水や灌漑用水の直接の供給源にはならない代りに,雨をもたらす。熱帯から中緯度帯の地域には季節風を吹かせ,人間の生活に雨季と乾季の区切りをつけている。また,北ヨーロッパや北アメリカ西部海岸の,冬暖かく夏涼しいという気候も海の恩恵にほかならない。近年では,波浪や潮汐のエネルギーを利用した発電も行われるようになったが,海の役割の最大のものは交通路としてのそれであり,時代をさかのぼるほど,その比重は大きい。
交通路という点では,内陸の河川も同様である。また乾燥地帯を通るシルクロードのような古い交易路も,つまりは水のあるオアシスを結んだものであった。このように考えると,水は文明の発生,発展のみならず伝播のうえでも,見逃すことのできない大きな役割を果たしてきたといわねばならない。 執筆者:山田 達夫
水と宗教 水には古来,聖なる力が備わっていると考えられ,そこから水神 信仰と祓浄信仰が生じた。前者の水神は,シリアのアスタルテ,バビロニアのイシュタル,ペルシアのアナーヒター,そして日本の罔象女神(みつはのめのかみ)などにみられるように女神の姿をとることが多く,生産と豊熟の源泉とみなされ,主として農耕・灌漑の守護神として崇拝された。とりわけ日本では,山が水源になっているところから,水を田畑に供給する水分神 (みくまりのかみ)が山の神や田の神として信仰された。また池や湖などの水辺には霊童を伴う母神が住み,子種や福利を授けるという伝承が多く分布しているが,そこから河童(かつぱ)のような水の妖怪が考えだされた。
ついで水にはもともと,たんに飲料や農耕のためとしてだけではなく,物心両面にわたる汚穢(おわい)を洗い流す霊威があると信じられ,そこから多種多様の祓浄儀礼が生みだされた。キリスト教世界では,古くからの水による清めの儀式をとり入れて洗礼 (バプテスマ)の儀礼を入信の典礼として定式化した。またインドのヒンドゥー教では,河川が豊穣・祓浄の源泉として神聖視され,とりわけガンガー(ガンジス)川の水はすべての死者の魂を昇天させる浄化力があると信じられた。一般に宗教行事には,水を頭から注ぐ灌頂 (かんぢよう)の儀式があったが,それが仏教にもとり入れられて,仏弟子として再生するための各種の灌頂式がつくりだされた。日本では記紀神話にみられるように,伊弉諾(いざなき)尊が死んだ妻の伊弉冉(いざなみ)尊を黄泉国(よみのくに)に訪ね,帰ってから身についた汚穢を川原で洗い流したという話が知られている。これを禊祓(みそぎはらえ)(禊 )といい,主として身体についた汚れを清める意味に用いられた。しかしこれはやがて,宗教的な祭礼や神仏への祈願を行うときに,冷水や海水を浴びて心身の垢を落とす水垢離(みずごり)の慣習を生みだした。
また多くの民族のあいだでは,水の崇拝と並んで聖泉崇拝が見いだされ,各地の霊場や聖地ではその地に湧きでる泉を浴びたり飲用したりして,病気の平癒を祈願する風習がひろまった。井戸にも同様の崇拝がみられることがある。同時に水には,死者の汚れを清め死霊を他界に導く霊威があるとされ,そこから死者の死水をとり墓場に水を供えることが行われるようになり,さらに盆の精霊(しようりよう)流しや流れ灌頂 などの民俗も生みだされた。 →泉 →井戸 →川 執筆者:山折 哲雄