翻訳|chronometer
広くは精度の高い時計のことをいうが、とくに天文航海術においては正確な時刻を知るための重要な航海計器の一つのことをいう。マリンクロノメーターあるいは、時辰儀(じしんぎ)、経線儀などともいう。現在、日本では水晶式電子時計や電波時計が船舶用としても普及したため、ほとんどこれにとってかわられたが、歴史的にいえば長期にわたって世界的に広く用いられていた。
[茂在寅男・元持邦之]
昔から北極星、または子午線上の太陽の高度を測って緯度を求める初歩的天文航法は広く用いられた。しかし、東または西に向かって天体の高度を測り経度を求めるためには、その天体が時とともに東から西へと運動を続けているので、正確な時計が必要とされた。イギリスは1714年に賞金2万ポンドをかけて、正確な時計の出現を促した。これに応じてJ・ハリソンは、1735年にクロノメーター第1号を製作し、1761年には1等賞の条件を完全に満たす精度のクロノメーター第4号を製作して賞金を獲得した。これは156日の航海で54秒の誤差という好成績であった。その特徴は、基本的にぜんまい時計であるが、ねじを巻く間も運転が持続し、温度の変化に対しても遅速を生ずることなく、ぜんまいが緩んできても時計の回転力が一定になる装置などを内蔵している点にある。その後研究、改良が進み、19世紀初めにはマリンクロノメーターは、ほぼ完成された可搬の高精度時計となった。
しかし21世紀の現時点では、航空機や船舶の位置決定には電波航法計器類(ディファレンシャル世界衛星航法システム=DGNSSやディファレンシャル全地球測位システム=DGPS、その他の電波航法衛星システム)も使われており、正確な時刻については標準時に対して毎時間自動整合を行い、標準時との時間差はつねに数ミリ秒以下を保つというような電波時計が普及しており、上記のクロノメーターの時代は終わったといえよう。
[茂在寅男・元持邦之]
いまでは歴史的な話となったが、19世紀の初めごろから、ヨーロッパのいくつかの天文台は時計の精度検定や精度コンクールを始め、製造者は製品を天文台に提出するのが習慣となった。マリンクロノメーターの特徴は、デテント脱進機を備え、非常に正確であるということであったが、19世紀後半に、その後広く用いられるようになったレバー脱進機を用いて高精度の時計がつくられるようになり、クロノメーターの定義は不明確となり、ときには乱用された。1952年スイスのスピーツで開かれたクロノメーター検定作業委員会で、クロノメーターはマリンクロノメーターであると固執するイギリスを除き、フランスとスイスは高精度時計に結び付いたこの名称を擁護するため、クロノメーターと表示できる時計は、国際的に公認された機関で所定の試験に合格し公認の歩度証明書をもつものと決めた。この後、委員会は国際クロノメーター検定協会となり、ドイツ、イタリア、そして1970年(昭和45)には日本も加盟した。機械の大きさ、調速機の種類、用途によって、腕時計、懐中時計、マリンクロノメーターなどに分類され、それぞれの公認検定所の定める基準値で検定されていた。このうち機械式腕時計だけは国際標準化機構(ISO)で統一された基準値によった。
しかし、機械時計に比べきわめて高精度な水晶時計の急速な普及によってクロノメーターの称号に対する魅力は失われ、日本の退会(1983)とともにこの協会はその活動を停止した。
[茂在寅男・元持邦之]
『茂在寅男編『航海計器研究ノート 第1集』(1966・舟艇協会出版部)』▽『バイリ、クラトン、イルバート著、大西平三訳『図説時計大鑑』(1980・雄山閣出版)』▽『織田一朗著『歴史の陰に時計あり!!――時計で世界の出来事をウオッチング』(1998・グリーンアロー出版社)』
経線儀,時辰儀ともいう。海上で船の位置,とくに経度を測定するためには正確な時刻が必要なことから発達した高精度の機械式ぜんまい時計。一般の時計と異なる点としては,ぜんまいの動力を一定にする装置をもつこと,ぜんまいを巻き上げるときにも動力を保持する機構を備えていること,温度が変化しても振動周期を一定に保つてんぷを用いていること,時計の機械部分が,船が動揺しても水平の姿勢を保つようになっていることなどがあげられる。
高精度の時計があれば,太陽の南中時刻からその地点の経度が求められることは16世紀ごろからわかっていたが,これに適用できる高精度の時計,すなわちクロノメーターが登場したのは17世紀に入ってからであった。17世紀初めイギリスの軍艦が座礁事故を起こし,この原因が経度測定の不正確さに起因するものと結論され,1714年にイギリスはイギリス~西インド諸島間の航海で経度誤差が30′以内の測定を達成したものに賞金をかけた。これに対しハリソンJohn Harrison(1693-1776)は,35-60年にかけて第1号から第4号までのクロノメーターを製作し,この条件を完全に満たすことに成功した。クロノメーターの実用化は航海に大きな貢献を果たしたが,現在ではラジオの報時放送や水晶発振器を使った電子時計が簡便に利用可能で,クロノメーターはあまり使われていない。なお,一般の時計でも公式の精度試験に合格したものはクロノメーターと呼ばれることがある。
執筆者:林 尚吾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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