改訂新版 世界大百科事典 「航海計器」の意味・わかりやすい解説
航海計器 (こうかいけいき)
nautical instrument
船が地球上の一地点から他の地点に,安全にしかも能率的に移動するために,船の現在位置,目的地の方位,速力や水深などを計測する装置の総称。
位置の測定
陸岸の見えない大洋上において船の現在位置を知る方法として,例えば北半球においては北極星の高度を測定することで概略的な緯度が求められる。このような天体(星,月,太陽)の高度を測る器具としてはアストロラーブがよく知られているが,現代では反射鏡と望遠鏡が備わった六分儀が使用されている。一方,海上において経度を求めるには,天体の高度の測定値と正確な時刻を知ることが必要である。経度の測定が精度よく行えるようになったのは,18世紀にJ.ハリソンによってクロノメーターが完成されてからであるが,近年は水晶発振式電子時計の使用によりクロノメーターの利用は減りつつある。
天体の高度の測定は天候の状態に左右され,測定できる時間帯に制約がある。常時,現在の位置を測定できるようにするため電波を利用する航法が出現した。利用できる範囲は電波が到達する範囲であるが,二つ以上の電波の到来方位から位置を求め,あるいは電波の到来方向へ向かって航海するときに使用する計測装置として無線方位探知機があり,長波や中波の波長の電波が使用されている。また二つの送信局から発射される電波が船に到着するまでの時間差(距離差)を測定し,2点からの距離差一定の軌跡は双曲線となるという原理を用いて位置を求める方式として,ロランA,ロランC,デッカ,オメガなどの双曲線航法があり,それぞれの専用受信装置も航海計器として重要な位置を占めている。このほかレーダーは,周囲の状況を俯瞰図(ふかんず)のように表示できるので,位置の測定や他の船との衝突予防のために欠かせない航海計器であり,レーダーとコンピューターを連動させて,衝突予防の計算をさせる装置もある。また人工衛星を使用する位置の測定装置として,NNSS(Navy Navigation Satellite Systemの略)やGPS(Global Positioning Systemの略)があり,これらは大洋上においても高精度で位置を測定できる。
方位の測定
目的地点に向かう針路を定めるには方位の基準が必要である。磁気コンパスは地球の磁北を指す簡便な計器であるが,船内の鉄材が影響して自差を生ずる。この自差は船の針路によって変化するので,取扱いがめんどうなことから,中・大型の船では指北力も強く,針路を変更しても修正が不要で真北を指すことのできるジャイロコンパスが使用されている。ジャイロコンパスは,高速で回転しているジャイロ(こま)の軸に,重力だけが作用するようにすると,軸はつねに真北を指すという性質を利用したものである。正確な針路信号が取り出しやすいので,設定針路で自動操舵を行う自動操舵装置にも応用されている。
速力の測定
船の速力を測定する計測器のことをログと呼ぶ。古くは船外に木片(ログlog)を投じて,これを基準にして速力を測ったことによる。現在のログには,船尾から曳航した回転翼の回転から航程を求める形式,船底にパイプを出しピトー管の原理で速力を測定する形式,水中に磁場を作り,流水(導体)がこれを横切るときに生ずる起電力から船の速力を求める電磁ログなどがあり,ドップラー効果を利用したドップラーソナーも使用されている。電磁ログおよびドップラーソナーは後進時にも速力の計測が可能であって,従来のログにはない特徴をもち,しかも精確に測定できる。なお,ドップラーソナーでは対地速力も計測できる。
水深の測定
浅い海では手用測鉛と呼ばれる,3~6kgの鉛製のおもりに40~60mの編紐をつないだもので測ることもあるが,この方法では少し深くなるとむずかしくなる。19世紀中ごろ海底電線の敷設などで深い海の水深を測定する必要が生じたのに伴って,鋼線と13kgほどのおもりを使った測深機が出現した。当時,この方法で4500mの水深の測定が可能となったが,海流や風などの影響で船がわずかに動いても測深線が斜めになるので正確な水深が測れない欠点がある。さらに精度を向上させるため,水圧によって測る方式が考案された。これは,一方をふさいだガラス管の内面に紅色の重クロム酸銀を塗布したもの(ケミカルチューブ,または表深管と呼ぶ)を海底まで沈めると,水圧によってガラス管内部には水深に応じた高さまで海水が浸入し,重クロム酸銀が白色の塩化銀に変化することを利用したもので,これを船上に引き上げて変色した部分の長さを標深尺で測り水深を求める。これらの方法にかわって,現在もっとも広く用いられているのは音波を利用する方法で,音波を海底に向けて発信し,戻ってくるまでの時間を計測して水深を求めるものである。船が移動しているときでも測定できるという利点をもっている。音響測深機は1920年ごろに出現し,初期には可聴音波を使用していたが,現在では指向性に優れ騒音にならない超音波が使用されている。超音波の発音体としては,もっぱらチタン酸バリウム振動子が採用されている。また200kHz程度の周波数の超音波を用いたものは浅い海での精測用に,適当な周波数を選択したものは魚群探知機としても利用されている。
執筆者:林 尚吾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報