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ココシュカ ココシュカ Kokoschka, Oskar

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ココシュカ
ココシュカ
Kokoschka, Oskar

[生]1886.3.1. ペフラルン
[没]1980.2.22. モントルー
オーストリア生れのイギリスの画家,劇作家,舞台美術家1905年から3年間ウィーンの美術工芸学校で基礎的な教育を受け,その間 G.クリムト,E.ムンクらの絵画に影響されて表現主義的な様式を発展させた。

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デジタル大辞泉の解説

ココシュカ(Oskar Kokoschka)

[1886~1980]オーストリアの画家。表現主義の代表的画家で、人物の内的描出を特色とする肖像画・風景を多く描いた。劇作家としても活躍。

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百科事典マイペディアの解説

ココシュカ

オーストリアの画家。ベヒラルン生れ。ウィーンに学び,1910年ベルリンで尖鋭(せんえい)な表現主義作家集団〈シュトルム(嵐)〉の有力な一員となる。第1次大戦後ドレスデンで教職についたが,のちヨーロッパ各地を転々とした。
→関連項目マーラー

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世界大百科事典 第2版の解説

ココシュカ【Oskar Kokoschka】

1886‐1980
オーストリアの画家。ペヒラルンに生まれ,1905年よりウィーンの工芸学校で学び,クリムトらと交遊をもつ。表現主義の代表的画家として自画像,肖像,ヨーロッパの諸都市像を制作したほか,戯曲など著作集4巻がある。奔放な筆致で隠れた心理をえぐる人物像や,俯瞰的遠近法でとらえた都市像は,彼の内面に映った,彼の言う〈幻視〉の肉化である。それはウィーンや父の原郷プラハに伝わるバロック精神文化に根ざしており,彼の具象画の意義は印象主義に代表される近代〈文明〉の没精神性と対峙するこの保守性にある。

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大辞林 第三版の解説

ココシュカ【Oskar Kokoschka】

1886~1980) オーストリアの画家。表現主義の代表者。ダイナミックな筆致で肖像画・風景画を描くとともにファシズムを攻撃した思想的な石版画も制作。戯曲作家としても名高い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ココシュカ
ここしゅか
Oskar Kokoschka
(1886―1980)

オーストリアの画家、劇作家。3月1日ペヒラルンに生まれ、ウィーン工芸学校に学んだ。1908年ごろからアール・ヌーボーの影響を脱して表現主義の傾向に向かう。10年ベルリンの「シュトゥルム(嵐(あらし))」のサークルに加わり、「絵筆の占師」の異名をとった独特の心理的肖像画によって注目される。第一次世界大戦に従軍して戦傷を受け、19年ドレスデン美術学校教授、24~31年中近東、北アフリカ、ヨーロッパ各地を旅行して、広大な視野をもつバロック的な風景画を描く。37年ナチスによって作品を没収され、38年ロンドンに亡命。同地でギリシア神話をモチーフとする作品を描いて、戦争とナチスへの抗議を行った。肖像、風景、神話のほかに幻想的な絵も描いているが、鮮やかな色彩の諧調(かいちょう)を特色とし、思想的な内容を盛った石版画の連作も試みている。46年ウィーン名誉市民となり、53年以降はスイスのレマン湖畔のモントルーに住み、80年2月22日同地に没した。[野村太郎]
 劇作家としては表現主義演劇の先駆者の一人で、1907年執筆の『スフィンクスとでくの坊』『人殺し、女たちの希望』がある。前者は斜陽にたつウィーン社会の心理を男女間の性的葛藤(かっとう)劇によって喜劇的に、後者はそれを悲劇的に暴き、上演の際スキャンダルを巻き起こした。ほかにエロスとタナトスを主題にした『燃えるいばらの茂み』(1911)、『オルフォイスとエウリディケ』(1918)、晩年の叙事演劇『コメニウス』(1973完成)がある。[土肥美夫]

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