翻訳|Orpheus
ホメロス以前に活躍したという古代ギリシアの伝説的な詩人にして音楽家,またオルフェウス教の開祖。トラキア王オイアグロスOiagrosとムーサのカリオペKalliopēの子。アポロンを父とする説もある。アポロンから竪琴を授かり,ムーサたちからその奏法を教えられて,鳥獣草木をも魅了するほどの卓越した楽人となった。このため,アルゴナウタイの遠征(アルゴナウタイ伝説)に参加したときも,琴を弾じて浪風をしずめ,セイレンたちの待ちかまえる海の難所では,みずからの歌で彼女たちの魔法の歌を負かして船の安全を保った。遠征から帰ると,ニンフのエウリュディケEurydikēを妻としたが,彼女がじきに毒蛇にかまれて死んだため,彼は最愛の妻を取り戻すべく,地下界に下って音楽で冥府の王ハデスの心を動かし,地上に出るまでは決して後ろをふりむかないという約束で妻を連れ帰る許しを得た。しかし地上にあと一歩というところで後ろの妻をふり返ったため,永久に彼女を失った。その後,彼は悲しみのあまり他のトラキア女を顧みなかったので,これを恨んだ女たちに八つ裂きにされ,ヘブロス川に投じられたが,その首は抒情詩で名高いレスボス島に流れつき,彼の死を悼む島民によって葬られた。また竪琴は夜空の星になったという。古典期のギリシアには彼の名のもとに多くの詩作品が流布していたことが知られるが,現存する詩行によって判断するかぎり,それらはすべてホメロス以後の偽作にすぎない。
執筆者:水谷 智洋
16世紀末にオペラが起こって以来,オルフェウスとエウリュディケの伝説は,それが愛と死,歌の力という三つのモティーフをからみあわせた筋書をもつがゆえに,好んでオペラの題材に取り上げられた。初期のオペラの輝かしい名作であるモンテベルディの《オルフェオ》(1607),グルックの改革オペラの代表作《オルフェオ》(1762)は特に有名である。オッフェンバックの《地獄のオルフェ》(1858。日本での曲名《天国と地獄》)は,同一題材をパロディ化したものである。
執筆者:服部 幸三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ギリシア神話に登場する楽人であり、詩人。父はアレスの子、あるいはピエロスの子といわれるオイアグロスで、母はムーサたちの一人カリオペといわれ、オリンポス山の北のトラキアで生まれた。彼の美しい声と妙なる竪琴(たてごと)の調べは、野獣はもちろん森の樹木にも感動を与えたという。彼はアポロン神から授けられた7本弦の竪琴を、母とその姉妹のムーサたちをたたえて9本弦に改良したとされ、別伝では竪琴の発明者ともされる。アルゴ船遠征のとき、オルフェウスはアンテモエッサ島の魔女セイレンの誘惑を竪琴と歌によってはねのけ、またコルキスの竜を眠らせ、荒波をも静めた。またエジプトに旅行したとき、オシリスの秘儀に入信し、のちにその霊感に基づいてエレウシスの秘教を創設した。
彼の妻であるニンフのエウリディケが、散歩の途中に牧人アリスタイオスに追われて毒蛇にかまれ世を去ったとき、オルフェウスは、愛する妻を取り戻すために冥界(めいかい)に下った。彼の奏でる音楽は、冥府の番犬ケルベロスや、怒れるエリニデスをはじめ、地獄のあらゆる住人を魅了した。冥界の神ハデスとその妻ペルセフォネは、地上に出るまではけっしてエウリディケの顔を見ないという約束で彼女を連れ戻すことを許した。しかし、喜んで妻を従えて地上へ急いだオルフェウスは、あと一歩というところで誘惑に負けて後ろを振り返ったため、エウリディケはふたたび冥府へ落とされた。妻を慕うあまり、そののちすべての女の求愛を退け続けたオルフェウスは、トラキアの女たちに恨まれて八つ裂きにされ、ヘブロス川へ投げ捨てられた。彼の首と竪琴は、川を下ってレスボス島に漂着し、島の住民はこれを手厚く葬った。そのオルフェウスの墓からはしばしば竪琴の調べが聞こえてきたと伝えられ、レスボス島はこの伝説に由来して叙情詩の中心地とよばれるようになった。のちにオルフェウスの竪琴は、アポロンとムーサらの求めでさらに天上に運ばれて星座となり、オルフェウスの魂は永遠の楽園エリシオンへ導かれたという。
なお、オルフェウスは紀元前6世紀ごろに栄えたオルフェウス教の創始者ともみなされている。
[小川正広]
の超自然的な力を象徴し、劇的な展開にも恵まれたオルフェウスの伝説は、音楽の分野でも格好の題材として取り上げられ、カンタータ(例ペルゴレージ)や交響詩(例リスト)、そしてとりわけオペラにおいて数多くの作品を生み出した。なかでもモンテベルディの『オルフェオ』(1607初演)は、力強い朗唱と多彩な楽器編成によって、豊かな表出力をもつ近代音楽への一歩を踏み出し、またグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』(1762初演)は、ことばのニュアンスを重んじ、過度の音楽的装飾を排してオペラ改革を実現した重要な作品である。なお、両者とも悲劇的な結末をキリスト教的な神の救済に置き換えているが、筋書き全体を喜劇的にもじったのが、オッフェンバックの有名なオペレッタ『天国と地獄』(原題『地獄のオルフェ』、1858初演)である。
[三宅幸夫]
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オルフェウス教の開祖といわれるギリシア伝説上の名歌手,名楽師。獣も石も感動したという。彼が死んだ妻を連れ戻しに冥界(めいかい)に降った話,トラキアの女たちに殺された話が名高い。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…古代ギリシアにおいて,宇宙と人間との生成について独特の教義をもち,とくに一般庶民の間に帰依者を見いだしていた宗教の一派。神話的人物とはいえ,オルフェウスという個人を創始者と仰ぎ,個人の魂の救済を目的とし,聖典ともいうべき文書を備えていた点において,宗教が国家的集団的で教典の類を欠いていた古代ギリシアでは特異なものであった。オルフェウスの名の下にこの派の文学として伝えられてきたものには,87編の《オルフィク賛歌》(ほとんど2世紀以後にできた一種の祈禱書),《アルゴナウティカ》(成立年代は不明であるが4世紀以後のもので,アルゴ船の物語をオルフェウス中心に語りかえた内容),《リティカ》(宝石の不思議な効力を叙事詩形で語ったもの。…
…《マビノギオン》には,ブリテン島の王ベンディガイド・ブランは敵の上陸を防ぐようフランスのほうに向けてロンドン塔に埋めよと遺言し,それが実行されたとある。オルフェウスの首は海を流れてレスボス島にたどりつき,かみつこうとした大蛇はアポロンによって石と化せられたという(オウィディウス《転身物語》)。切られたみずからの首を持ち運んだというサン・ドニ(ディオニュシウス)の話も有名。…
…
[日本神話とギリシア神話]
日本神話はまた,これも日本から遠く隔たった地域であるギリシアの神話とも,いろいろな点で,偶然の所為とは思えぬほどよく似ている。イザナキの〈黄泉国(よみのくに)訪問〉の話は,死んだ妻を地上に連れ戻そうとして,地下の死者の国まではるばる旅をして行った夫が,冥府で課された妻を見てはならぬという禁止に背いたために失敗し,一人で地上に帰らねばならなかったという筋が,ギリシア神話のオルフェウスとエウリュディケの話にまったく一致している。そのうえ日本神話では,イザナキが冥府に着いたとき,イザナミは,自分がすでに黄泉の国の食物を食べてしまったために,せっかく迎えに来てくれても,すぐには夫といっしょに地上に戻ることができないと言って嘆いたと言われている。…
…英語のサイレンの語源。イアソンが指揮するアルゴ船がこの島に近づいたときは,オルフェウスが竪琴をかなでて彼女らの歌に対抗し,仲間の危難を救った。またトロイア戦争から帰国するオデュッセウスの船がここにさしかかったときには,部下の耳を蠟でふさぎ,自分の体は帆柱にしばりつけておいたため,彼のみセイレンの歌を耳にしながらも,無事にこの難所を通過することができた。…
※「オルフェウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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