コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

コニヤ

3件 の用語解説(コニヤの意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

コニヤ

トルコ中部,標高1025mにある都市。コンヤとも。ローマ時代にはイコニウムと呼ばれた。12―13世紀ルーム・セルジューク朝の主都として繁栄。13世紀前半,神秘思想家ルーミーが出てメウレウィー教団を創設。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

コニヤ【Konya】

トルコ中部の都市,同名県の主都。人口43万8859(1985)。標高1025m,アナトリア中部の交通要路に位置し,トルコ穀倉地帯とよばれるコニヤ平原に産する小麦,果物,羊毛の取引・加工地として,また神秘主義教団メウレウィーの本拠のある宗教都市として知られる。 町の建設は古代フリュギアにさかのぼり,ローマ時代にはリカオニア地方の主都としてイコニウムIconiumとよばれ,パウロの第1回伝道地の一つであった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コニヤ
コニヤ

コンヤ」のページをご覧ください。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

世界大百科事典内のコニヤの言及

【ルーム・セルジューク朝】より

…スライマンは1071年マラーズギルドの戦の後,アナトリアへ入り,ニカエアを占領してルームの地にセルジューク朝国家を創建した。スライマンの子クルチ・アルスラン1世Qïlïch Arslān Iの時代(在位1092‐1107)には第1回十字軍による攻撃でニカエアを失い,以後国家の首都はアナトリア中央部にあるコニヤに置かれた。12世紀後半スルタン位にあったクルチ・アルスラン2世(在位1155‐92)のもとで勢力は大いに伸張し,アナトリアのムスリム・トルコ人の指導的地位を確立した。…

※「コニヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

コニヤの関連キーワードコニヤ

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コニヤの関連情報