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コンスタブル コンスタブル Constable, Henry

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コンスタブル
コンスタブル
Constable, Henry

[生]1562
[没]1613
イギリスの詩人。当時流行のソネット集の一つ『ディアナ』 Diana (1592,94) がある。

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コンスタブル
コンスタブル
Constable, John

[生]1776.6.11. サフォークイースト・バーグホールト
[没]1837.3.31. ロンドン
イギリスの風景画家。 1795年ロンドンに出てロイヤル・アカデミー美術院に学ぶ。 17世紀のオランダの風景画に深い関心を示し,新鮮な外光のもとで広大な自然の生気を描写。 1802年初めてアカデミーに風景画を出品。

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デジタル大辞泉の解説

コンスタブル(John Constable)

[1776~1837]英国の画家。新鮮な色彩と外光描写で自然のままの姿を表現し、フランスの風景画家やロマン派の画家にも影響を与えた。

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百科事典マイペディアの解説

コンスタブル

19世紀英国の代表的風景画家。サフォークのイースト・バーゴルト生れ。初めロイスダールロランを範として理想的風景画を描いたが,やがて新鮮な色彩感覚と精緻(せいち)な自然感覚を示す写実的風景画を開拓。
→関連項目ゲーンズバラ水彩ターナーテート・ギャラリーデュプレ風景画ルソー

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世界大百科事典 第2版の解説

コンスタブル【John Constable】

1776‐1837
イギリスの風景画家。イングランド南東部,サフォーク州イースト・バーグホールトの生れ。父は,緩やかな起伏の丘陵地帯を流れるスタウア川に沿って,幾つかの製粉所を所有していた。この故郷の穏やかな風景を生涯描き続けたコンスタブルは,後に〈スタウア川の景色が私を画家にした〉と述べている。事実,彼は1799年ロンドンのローヤル・アカデミーの美術学校に入学したころにはすでに自分の道は風景画に,しかも伝統的な理想化された古典的風景画ではなく,イギリス南部の自然の刻々の姿をありのままに描くことにあると悟っていた。

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大辞林 第三版の解説

コンスタブル【John Constable】

1776~1837) イギリスの画家。自然の姿を新鮮な外光描写で捉えた近代風景画の開拓者。フランスのバルビゾン派やマネに影響を及ぼした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コンスタブル
こんすたぶる
John Constable
(1776―1837)

イギリスの画家。サフォークの製粉業者の子に生まれた。この地方は小川や運河の多い土地で、その風物がそのまま題材になっている。若いころロンドンに出、1799年アカデミーに入学し、ウィルソンやオランダ派を模写し、ガーティンの手法に注目した。1802年アカデミーに入選したものの、このころから自分の行くべき方向が画壇と相いれないことを知り、帰郷して風景画に没頭する。生計のため肖像画も描きながらサフォークの風景を描いたが、画風を確立したのは40歳に近づいてからであった。終生同郷のゲーンズバラを敬愛していたが、自然を素直に愛し、静かな喜びを感じる点では通じるものがある。しかし、ゲーンズバラの軽みはなく、自然の事象の一つ一つに執拗(しつよう)に食い込んでゆく。画室から出て戸外に画架を立て、身近な風景を描いて緑を発見し、当時常套(じょうとう)化された褐色系の色調に革命的な改革をもたらした。完成作は戸外のスケッチをもとに画室で仕上げたが、視角に多少の変化をもたせ、光と色とで物象の現実的感覚を導入し、自然の掟(おきて)を守ろうとした。従来未解決の外光の問題が開けてくると同時に、ともすれば見落しがちな無名のものの存在という問題に先鞭(せんべん)をつけることになる。27年ハムステッドに移り、油彩スケッチの小品を多く残している。24年パリのサロンで『まぐさ車』などがドラクロワや印象派に刺激を与えた。[岡本謙次郎]

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世界大百科事典内のコンスタブルの言及

【イギリス美術】より

…しかし,いずれも独自の国民様式として定着するにはいたらず,時代による質的な差も目だつ。また少なくとも19世紀のJ.M.W.ターナー,J.コンスタブルの時代までは,ジャンルを問わず大陸諸国に与えた影響よりは受けた影響の方が大きかった。島国という地理的特殊性がイギリス美術にどれだけ作用しているかは微妙な問題であるが,様式の伝播という点からすれば,大陸諸国との間に時間的なずれがしばしば認められる(マネ,セザンヌ,ゴッホ,ゴーギャンなどの作品がイギリスで初めて本格的に紹介されたのが,ようやく1911‐12年の〈マネと後期印象派〉展によってであったというのは,その一例である)。…

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