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ゴッツォリ Gozzoli, Benozzo di Lese

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ゴッツォリ
Gozzoli, Benozzo di Lese

[生]1420. フィレンツェ
[没]1497.10.4. ピストイア
イタリアの画家。 1444年 L.ギベルティの助手としてフィレンツェ大聖堂の洗礼堂扉の彫刻制作にたずさわった。パラッツォ・メディチ・リカルディの壁画は 59年に取りかかり 60年に完成。 64年サンジミニャーノの『聖アウグスチヌス伝』壁画連作,68年にはピサ大聖堂のカンポサントに旧約聖書を主題とした一連のフレスコ画を描いた。アンジェリコゴシック様式の絢爛たる絵画から装飾性を受入れると同時に,クァトロチェントフィレンツェ派の様式を根強く伝承し,また世俗的情景を画面に巧妙に取入れて精彩に富んだ画風をつくり上げた。

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百科事典マイペディアの解説

ゴッツォリ

イタリアの画家。フラ・アンジェリコ弟子で,フィレンツェ派を代表する一人。ゴシックの伝統の上に立ちながら,豊かな色彩を使って写実的に表現。フレスコ画が多く,宗教画の中に風俗描写もとり入れた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゴッツォリ【Benozzo Gozzoli】

1420‐98
イタリアの画家。本名ベノッツォ・ディ・レーゼBenozzo di Lese。最初ギベルティのもとに弟子入りして金工を学び,次にアンジェリコの助手としてローマとオルビエトで仕事に携わる。アンジェリコの死後,中部イタリアのモンテファルコMontefalcoに行き,〈フランチェスコ伝〉などの連作壁画を描いた。1459年にフィレンツェのパラッツォ・メディチ・リッカルディ内礼拝堂の壁画装飾を委嘱され,〈東方三博士の旅〉を主題に,メディチ家の人々やその関係者たちを登場人物に擬して,壁面を華やかに飾り立てた。

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大辞林 第三版の解説

ゴッツォリ【Benozzo Gozzoli】

1420~1497) イタリア初期ルネサンスの画家。フラ=アンジェリコの弟子。現実に即したモチーフで独自の画風を打ち立て、フィレンツェで活躍。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ゴッツォリ
ごっつぉり
Gozzoli
(1420―1497)

イタリア初期ルネサンスの画家。本名はベノッツォ・ディ・レーゼBenozzo di Leseで、金属細工の徒弟から身をおこし、一時フィレンツェ洗礼堂の門扉を制作中のギベルティの助手をつとめた。その後フラ・アンジェリコに従い、ローマとオルビエートでこの画家の制作に協力した。彼の名声を高める契機となった作品は、メディチ家から委嘱されてフィレンツェのパラッツォ・メディチの礼拝堂の壁面に描いた『三王のベツレヘムへの行列』(1459~63)である。三つの壁面に展開するこの連作には彼の旺盛(おうせい)な想像力がよく発揮されている。1463~65年にサン・ジミニャーノでサン・タゴスティーノ聖堂の装飾を終えたのち、ピサに前後17年間滞在し、カンポサントの壁面に旧約物語を主題とする大フレスコ画(第二次世界大戦で被爆)を完成。ゴッツォリは、新様式の開拓よりは、優美で機知に富む物語表現を得意とする、優れた風俗画家といえる。[濱谷勝也]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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