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ゴベッティ ゴベッティ Gobetti, Piero

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ゴベッティ
ゴベッティ
Gobetti, Piero

[生]1901. トリノ
[没]1926. パリ
イタリアの政治思想家。雑誌『自由主義革命』や『バレッティ』を創刊し,グラムシと並ぶ政治理論家として,特に政治と文化活動の緊密化をはかったが,若くして亡命先のパリで倒れた。主著『自由主義革命,イタリアの政治闘争』 La rivoluzione liberale. Saggio sulla lotta politica italiana (1924) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゴベッティ【Piero Gobetti】

1901‐26
イタリアの革命的自由主義知識人。反ファシスト。トリノ大学入学の年,サルベーミニの影響下に若い世代による第1次大戦後の国民文化の創造を目ざして《新しいエネルギー》誌(1918‐20)を発刊,クローチェも寄稿。未来の妻アーダはこの時以来の同志である。ロシア革命に関心を寄せ,1920年夏トリノの工場評議会運動に深く感銘,プロレタリアートに新しい文化の担い手を見いだす。グラムシと親交,21年《新秩序》誌に演劇評を書く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ゴベッティ
ごべってぃ
Piero Gobetti
(1901―1926)

イタリアの思想家ジャーナリスト。トリノの雑貨商のひとり息子に生まれたが、社会問題に対する著しく早熟な才能に恵まれ、1918年に17歳で『新エネルギー』誌を発刊し、サルベミニやクローチェ、エイナウディなどの期待を集めた。終生、自由主義者であったが、ロシア革命とトリノ共産主義運動に深い関心を寄せ、とくにグラムシの影響により新しい視野を開き、共産党の日刊紙『オルディネ・ヌオーボ』の文芸欄を担当した。1922年2月『自由主義革命』誌を創刊(1925年10月終刊)。多数の急進的知識人を結集したこの政治的週刊誌は初期反ファシズムの世論形成の拠点になった。その観点は、イタリア自由主義国家の歴史的諸欠陥の帰結としてファシズムをとらえ、それらの欠陥の変革を多角的に追求し、その変革主体を知識人と労働者の提携に求めたといいうる。彼は、文化組織者としてさらに出版活動(ゴベッティ書店)と文芸評論誌『バレッティ』の発行によってファシズムと対決した。ファシスト官憲による数次の弾圧と暴行にもひるまず活動を続けたが、活動の余地が消え去った1925年末にパリに亡命し、まもなく病死した。なお、彼の思想はその後「正義と自由」派や行動党に継承され、反ファシズム文化の重要な源泉になった。[重岡保郎]

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世界大百科事典内のゴベッティの言及

【反ファシズム】より

…それはしかし,両大戦間の《ボーチェ》《ロンダ》両誌の体制順応主義を克服し,解放戦争から50年代にかけて開花する,いわゆるネオレアリズモの土壌となった,〈反ファシズムの文学〉への苦渋に満ちた転生の時代でもあった。 ファシズム政府は1926年までに,トリノを中心に,〈イタリアの革命〉をめぐって最も鋭くファシズムに対決する思想運動の二つの流れ,ゴベッティの《自由主義革命》とグラムシらの共産主義の運動とを,暴力的に――前者は亡命,客死,後者は逮捕,投獄――封じた。徹底した独裁体制のもとで,志ある作家は検閲→執筆禁止→逮捕・流刑もしくは亡命を余儀なくされた。…

【ファシズム】より

…そうした実践的な立場を伴って,1920年代半ばには早くも,ファシズムをイタリア社会のなかでどう位置づけるかに関する四つの解釈が出されるが,これらの解釈は多かれ少なかれその後のファシズム論の基礎となった。
[四つの解釈――国家と民衆]
 第1は,P.ゴベッティら急進的自由主義者の見解で,それによれば,イタリア近代史の過程は指導階級が民衆を政治生活から排除してきた過程であり,ファシズムはこの経過のなかでイタリア社会に積み重なった諸矛盾が噴出したものだと把握された。ゴベッティは,イタリア近代史のこうした展開を断ち切るために,国民の知的・道徳的な変革と新しい政治指導層の形成が必要なことを唱え,ファシズムに強い批判を加えた。…

【マラパルテ】より

…1922年,ファシストのローマ進軍に参加し,24年にファシスト左派の立場から《国家の征服》誌を創刊。彼の《野蛮なイタリア》(1925)を出版したP.ゴベッティによって〈ファシズム側の最も手ごわいペン〉と評される。以後,《ノベチェント》誌の創刊(1926),《フィエーラ・レッテラーリア》誌および《スタンパ》紙の編集長など両大戦間の文学界,ジャーナリズムに重きをなしたが,33年,ヒトラー攻撃の書として物議を醸した《クーデタの技術》(1931)ほかの筆禍によって逮捕,流刑された。…

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