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ゴーン Ghosn,Carlos

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ゴーン
Ghosn,Carlos

[生]1954.3.9. ブラジル,ロンドニア
実業家。父親はレバノン系ブラジル人,母親はフランス人。ブラジルとフランスの国籍をもつ。レバノンの高校を卒業後,フランスに移住。エコール・ポリテクニク (国立理工科専門学校) ,エコール・デ・ミーヌ・ド・パリ (国立高等鉱業学校) 卒業。 1978年9月フランス大手タイヤメーカー,ミシュランに入社,工場長などを経験後,1985年7月ミシュラン・ブラジル最高執行責任者 COO。 1989年4月ミシュラン・ノースアメリカ会長兼最高経営責任者 CEO。ブラジルと北米部門を率い,いずれでも事業黒字化に成功。実績を買われ 1996年 10月フランスの自動車大手ルノーに招かれ,上級副社長。ルノーが 1999年6月,日本の老舗自動車メーカー,日産自動車と資本提携したのに伴い,経営難に陥っていた日産の COOに就任した。 1999年 10月,黒字転換や有利子負債半減などを掲げた「日産リバイバル・プラン」を発表。 2000年6月から日産社長,2001年6月から CEO兼務。「コストカッター」の異名どおり,強力な指導力で大胆なリストラを断行し,不振にあえいでいた日産の黒字化を短期間で実現した。著書に『ルネッサンス』がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ゴーン
ごーん
Carlos Ghosn
(1954― )

経営者、2001年(平成13)6月より日産自動車社長兼最高経営責任者(CEO)。2005年4月より日産自動車と兼務でルノーの社長兼CEO。ブラジル生まれのレバノン系フランス人。1978年にフランスのエリート養成校として知られるエコール・デ・ミヌ・ド・パリ(パリ国立高等鉱業学校)を卒業。同年フランスのタイヤ・メーカー、ミシュランに入社する。1985年ブラジル、1989年アメリカでミシュランの現地法人社長をつとめ、思いきった合理化で「コストカッター」の異名をとった。その手腕を買われ、1996年フランスの自動車メーカー、ルノーに入社、上級副社長としてベルギー工場の閉鎖を強行するなど、同社を黒字体質に転換することに成功した。1999年3月ルノーが日産自動車と資本提携したことを機に、同年6月日産の最高執行責任者(COO)に就任。業績不振の日産を再建させるべく、同年10月に「日産リバイバル・プラン」を発表。主力の東京・村山工場の閉鎖や、グループ全体で2万1000人の人員削減、取引関係先も半減させるなどの大胆なリストラクチャリングを進める。2000年6月日産の社長兼COOとなり、翌2001年3月期決算では黒字転換に成功した。[編集部]
『カルロス・ゴーン著、中川治子訳『ルネッサンス――再生への挑戦』(2001・ダイヤモンド社) ▽カルロス・ゴーン、フィリップ・リエス著、高野優訳『カルロス・ゴーン経営を語る』(2003・日本経済新聞社) ▽板垣英憲著『カルロス・ゴーンに学ぶ改革の極意』(2001・ベストセラーズ) ▽長谷川洋三著『カルロス・ゴーンが語る「5つの革命」』(2004・講談社)』

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