日本の証券取引の法的規律は、1893年(明治26)制定の「取引所法」による規制に始まる。取引所法は、取引所の組織と取引を規制するもので、情報開示の強制はなく、投機取引が横行するなか、証券市場を機能させるには不十分であった。
「証券取引法」は、第二次世界大戦前の証券関係法規(取引所法、有価証券業取締法、有価証券引受業法等)による諸制度を統合し、アメリカの1933年の「証券法」Securities Actが定めている有価証券の発行市場における開示制度(ディスクロージャー制度)や、1934年の「証券取引所法」Securities Exchange Actが定めている流通市場における継続開示制度等を取り入れ、1948年(昭和23)に制定された。ただ、当時の法制定は占領政策下においてなされたために、証券取引委員会を設置して監督権限を付与するなど、アメリカの法制度を模すという性格を色濃く反映していた。1952年に初めて法改正が行われ、以降、日本の実情とその後の資本市場の発展に応じた改正が重ねられた。
証券取引法は名称が示すとおり、法律上列挙された有価証券の取引を規制するのみであった。しかし、このように狭い適用範囲では、金融改革の所産として生み出されるさまざまな金融商品をカバーできない。そこで、有価証券概念の限定列挙を改め、横断的な有価証券概念を導入し、証券の組成から償還までを包括的に規制することにより適用範囲を拡大することが模索された。イギリスでは1986年に制定された「金融サービス法」Financial Services Actが広範な適用範囲を擁しており、これに倣った改正論議が進んだ。
この改正論議の成果の一つとして、2000年には「金融商品販売法」(平成12年法律第101号)が制定された。同法は「金融商品」に適用されるという点では横断的な法律ではあったが、金融商品の販売と勧誘の側面をカバーするにすぎないために、包括的な法的規律とはいえなかった。
また、投資家から資金を集めて専門家が運用するスキーム、すなわち「投資ファンド」や「集団投資スキーム」についても適用されるルールがなかった。さらに、2002年前後に外国為替(かわせ)証拠金取引(FX取引。少額の証拠金を差し入れて、二つの国の通貨の為替相場を予測して、多額の通貨の売買を行う金融商品)をめぐって、投資経験の少ない高齢者が大きな損失を被るケースが続出した。当時、FX取引には適用される法律もなく、監督官庁もなかったため、実効的な被害者救済策が乏しかった(なお、2004年に金融先物取引法が改正され、この点の対応が図られた)。このような諸問題の発生を経て、日本版の「金融サービス法」制定の機運が高まった。
具体的審議は金融審議会金融分科会第一部会で行われ、2005年10月に「中間整理」が公表された。そこでは「適正な利用者保護を図ることにより、市場機能を十分に発揮しうる公正・効率・透明な金融システムの構築を目的として、証券取引法を改組し、投資サービス法を制定することが適当である」とされた。その後の審理を経て、2005年12月に「投資サービス法に向けて」と称される報告書が公表された。この報告書を受けて、「証券取引法等の一部を改正する法律」(平成18年法律第65号)および「証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成18年法律第66号)が成立し、これらにより、従来の「証券取引法」は「金融商品取引法」に改称された。
同法には、以下のような特色がある。
(1)横断化 前記のとおり、従来の証券取引法の適用対象としてこなかった集団投資スキーム等にも規制範囲を及ぼしている。
(2)柔軟化 投資のプロである特定投資家と投資のアマチュアである一般投資家を分け、プロに対しては投資者の保護に関する規制を一部緩和する。
(3)開示制度に関する改正 公開買付・大量保有報告書制度改正、内部統制報告書制度(日本版SOX(ソックス)法)、四半期報告書の法定化等。
[福原紀彦・武田典浩 2020年7月21日]
金融商品取引法は取引環境が変化するにつれ、投資者の保護と国民経済の健全な発展の観点から、ほぼ毎年のように法改正がなされている。そのうち主要なものとして、以下のものがあげられる。
2009年改正では、金融ADR制度(金融サービスに関する紛争を裁判外で解決する制度)の新設などがなされ、2011年改正では、ライツ・オファリングrights offering(株式会社が既存株主に対し新株予約権を無償で〈対価なしで〉割り当てる増資方法)を可能とするための開示制度の整備などがなされた。2013年改正では、前年に発覚した公募増資インサイダー取引事件(会社が公募増資を行う前に、証券会社が顧客に増資情報を提供し、高値のうちに株式を売却させた事例。公募増資前に発生した不可解な株価下落がきっかけで発覚した)を受けてインサイダー取引(内部者取引)規制の改正などがなされ、2014年改正では、クラウドファンディング(新規・成長企業等と投資家をインターネット上で結び付け、多数の者から少額ずつ資金を集める仕組み)を可能とする制度整備などがなされた。2017年改正では、高速取引(高頻度取引ともいう。有価証券の取引などをコンピュータにより自動的に行い、取引情報が金融商品取引所へ、通常よりも短い時間で伝達されるもの)への対応、上場会社における公平な情報開示(フェア・ディスクロージャー・ルール)の導入などがなされた。そして、2019年(令和1)改正では、暗号資産デリバティブ取引(暗号資産を原資産とするデリバティブ取引。暗号資産は当初、仮想通貨とよばれ、金銭にかわる支払決済手段として機能することが期待されたが、金銭との価格差を利用した投機の手段となってしまい、仮想「通貨」という名称が適さなくなったことから、暗号資産に名称を変更した)と投資性ICO(ICO=イニシアル・コイン・オファリングinitial coin offering。企業がトークン〈証票〉とよばれるものを電子的に発行して、投資家から通貨や暗号資産を集める資金調達手段)を金融商品取引法の適用対象として投資者の保護を図る改正がなされるなど、改正は今後も続いていくものと思われる。
[武田典浩 2020年7月21日]