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サラマーゴ サラマーゴSaramago, José

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サラマーゴ
Saramago, José

[生]1922.11.16. ポルトガル,アジニャガ
[没]2010.6.18. スペイン領ランサロテ島
ポルトガルの作家。労働者の家庭に生まれた。高等中学校を中退して溶接工,機械工などさまざまな職業についたのちリスボンの出版社に職を得,評論や詩作を手がけるほか,1975年には有力全国紙の副主幹の座につくなどジャーナリストとして活躍した。1969年にポルトガル共産党に入党したが,1974年の軍事クーデター直後の政治活動によって新聞社を追われ,作家活動に入った。1977年に初の小説 "Manual de Pintura e Caligrafia"を発表。以後,長編小説を主体として,アイロニーを折り込んだ寓意的な語り口で抑圧された人々の姿を歴史とからめながら描き,ヨーロッパ各国で高い評価を受けた。国際的な名声をもたらした『修道院回想録』Memorial do Convento(1982)はオペラになった。スペインとポルトガルのヨーロッパ共同体 EC加盟が議論された 1986年にはイベリア独立主義とも受け取れる "A jangada de pedra"を発表して注目を集め,キリスト教の神話に真っ向から疑義を唱えた "O evangelho segundo Jesus Cristo"(1991)では物議をかもした。1992年からはカナリア諸島ランサロテ島に移住。ほかに,『白の闇』Ensaio sobre a cegueira(1995),『あらゆる名前』Todos os nomes(1997),"Ensaio sobre a lucidez"(2004)などがある。1998年ノーベル文学賞を受賞。

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百科事典マイペディアの解説

サラマーゴ

ポルトガルの作家,詩人,劇作家。詩作から出発したが,とりわけ1980年代以降に発表した小説により一躍脚光を浴び,ポルトガル国内やヨーロッパの文学賞を次々に獲得した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サラマーゴ
さらまーご
Jos Saramago
(1922―2010)

ポルトガルの作家。首都リスボンから北東に100キロメートルほど離れた小村アジャニガに生まれる。高等中学校を中退後、溶接工や公務員などさまざまな職を転々とした。1947年、最初の小説『罪の土地』を発表。1960年代末から1970年代前半には、共産党員ジャーナリストとして、ポルトガル革命にかかわった。1975年には、ポルトガルの全国紙『ディアリオ・デ・ノティシアス』の副主幹を務めたが失職。専業作家となり、長編の『絵とカリグラフィー手引き』(1977)、それに続く『大地より立ちて』(1980)を発表した。修道院の建設を背景に宗教論をからめて描いた『修道院回想録――バルタザルとブリムンダ』(1982)や『リカルド・レイスの死の年』(1984)は初期の代表作となった。
 イベリア半島が大西洋を漂流する『石の筏(いかだ)』(1986)や、キリストの生涯を描いた『イエス・キリストによる福音書』(1991)は大論争を巻き起こし、カナリア諸島ランサローテ島への移住を余儀なくされた。すべての人が盲目になった世界を描いた『白の闇(やみ)』(1995)、役人がアイデンティティの迷宮に迷い込む『あらゆる名前』(1997)など、アイロニーを盛り込んだ寓話(ぐうわ)によって現実を描く作風で知られる。
 1998年、ポルトガル語圏の作家として初めて、ノーベル文学賞を受賞した。[編集部]
『谷口伊兵衛、ジョバンニ・ピアッザ訳『修道院回想録――バルタザルとブリムンダ』(1998・而立書房) ▽雨沢泰訳『白の闇』(2001・NHK出版) ▽黒木三世訳『見知らぬ島への扉』(2001・アーティストハウス) ▽星野祐子訳『あらゆる名前』(2001・彩流社) ▽岡村多希子訳『リカルド・レイスの死の年』(2002・彩流社)』

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