フランスの批評家。ブーローニュ・シュル・メールの生れ。ロマン派擁護の時評家として出発したが,他方で過剰な内省癖や自己喪失感に苦しむ世紀病的内面の表現をめざし,詩集《ジョゼフ・ドロルムの生涯と詩と意見》(1829)や小説《愛欲》(1834)を発表。しかし詩人・小説家たらんとする夢は,しだいに批評家としての自覚に席を譲ってゆく。1830年ごろから時評のほかに,伝記的方法による作家論を書き始め(《文学的肖像》《女性の肖像》など),37-38年にスイスで行った公開講座にもとづく大著《ポール・ロアイヤルPort-Royal》(1840-59)では,17世紀にポール・ロアイヤル修道院に集まった隠士たちの内密な信仰生活を中心に,この修道院に関する全体をいわば1人の人物の肖像画のようにして描いた。49年から死の年まで《コンスティテュシヨネル》紙その他に毎週月曜に発表しつづけた批評(《月曜閑談Causeries du Lundi》15巻,1851-62,《新月曜閑談》13巻,1863-70)は,判断より理解と説明に基軸を移した〈近代批評〉を確立した金字塔である。彼はここで文学者ばかりか政治家や軍人にまで及ぶ多彩な対象について,広範な資料調査と繊細な心理的観察にもとづく伝記的接近を〈閑談〉の調子で展開した。《ポール・ロアイヤル》に始まる人間精神の博物誌樹立の野望と,批評をあくまで文学たらしめようとする決意の両方を見すえたその批評は,たまさかの誤解や悪意にもかかわらず,彼をまぎれもない〈近代批評〉の巨匠たらしめている。
→文芸批評
執筆者:清水 徹
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フランスの文芸批評家。北フランス、ブローニュ・シュル・メールに生まれる。自然科学を学び、科学的精神と方法を身につけるが、文壇にはロマン派の批評家、詩人として出発した。『ジョゼフ・ドゥロルムの生涯、詩および思想』(1829)など数冊の詩集、また唯一の小説『愛欲』(1834)を発表するが、詩人、小説家としては失敗し、ロマン派との関係を断つ。やがて文芸批評家というより、むしろ人間批評家として、科学的立場にたつ「精神の博物学」の体系化を図る。しかしこの計画は成功するはずもなく、この破綻(はたん)がかえって柔軟な批評精神による人間性探究の成功につながる。その成果として、17世紀フランスのジャンセニスムの本拠ポール・ロアイヤル教団をめぐるさまざまな人物の個性を追究する大著『ポール・ロアイヤル史』(1840~60)がある。1851年以来、毎月曜の新聞紙上に連載した『月曜閑談』正編15巻・続編13巻によって、19世紀フランス文芸批評家として不動の地位を確立した。アカデミー会員。
[土居寛之]
『辰野隆監修『サントブーヴ選集』4巻(1943~50・実業之日本社)』
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…最後に,批評対象の個別性の重視と対応して,批評家自身の個別性もまた重要視されるようになり,教養ある読み巧者つまり批評の豊かな兵器庫の所有者の巧みな語り口が求められるし,批評家の側についていえば,批評は個々の作家・作品の文学的価値を読者のために語る言説にとどまらず,批評家自身の知的・感性的冒険の間接的表白という性格すら帯び始めるであろう。 サント・ブーブが代表的な批評家であるのは,19世紀において文芸批評が制度として確立するとともに示したさまざまな性格を,彼が一身に集め担ったからである。大学の公開講座でポール・ロアイヤル修道院の歴史の全体を説き明かす彼は,他方では孜々(しし)として多様な書物を読み,文壇生活者として文壇の現場の劇を観察しながら,20年間にわたり休みなく毎週1回の《閑談》を書き続けた時評家である。…
… フランスにおけるロマン主義は,ルソー以来の前期ロマン主義の精神風土の上に,スタール夫人のドイツ文学理論の紹介《ドイツ論》や,ゲーテやバイロンの作品の翻訳の刺激を受けて,両国に比べやや遅れて始まったが,よりいっそう激しい華やかな展開を見せた。伝統的な古典主義を信奉する人々とロマン主義者たちとの間の文学論争や党派抗争の様相を呈し,1820年から30年にかけてユゴーとサント・ブーブを中心にロマン派が形成され,ロマン主義運動が展開された。この運動は,七月革命と軌を一にして1830年のユゴーの《エルナニ》上演によって勝利を収め,1843年の同じくユゴーの《城主》上演の不成功によって幕を閉じた。…
※「サントブーブ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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