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シバージー シバージー ŚivājīBhonslē

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シバージー
シバージー
ŚivājīBhonslē

[生]1627.5.
[没]1680.4.14. ラーイガド
インドマラータ王国の創始者 (在位 1674~80) 。父シャーフジーはデカンムスリム王朝ニザーム・シャーヒーアーディル・シャーヒー両王朝に仕えたマラータ族の武将であった。父の封地であるプーナ地方で育てられた彼は周辺山間部に点在する山塞を次々と奪取し,強固な山頂の城塞ラーイガドを根拠地として,独立的な勢力を次第に確立していった。

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世界大百科事典 第2版の解説

シバージー【Shivājī】

1627‐80
インド中・西部デカン地方を中心とするマラーター王国の創始者。南インドのビジャープル軍の一将軍であったシャーハジーを父とし,17世紀半ばころから西インドのマラーター農民らを軍事的に組織し,騎馬軍団とゲリラ戦術で周辺の諸国を打ち破り,プネーを中心に一大勢力を築いた。ムガル朝6代皇帝アウラングゼーブとも鋭く対立し,1666年ひとたびはムガル軍に屈服し,自らも虜囚の身となるが,ただちに逃亡し,再び軍を立て直してアウラングゼーブに対抗する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シバージー
しばーじー
Shivj Bhonsle
(1627/1630―1680)

インド中央部、デカン地方を中心とするヒンドゥー王朝、マラータ王国の創始者(在位1674~80)。デカン地方は14世紀以降、さまざまなムスリム諸王朝によって支配されていた。17世紀にはアフマドナガルを首都とするニザーム・シャーヒー王朝と、ビジャープールを首都とするアーディル・シャーヒー王国とが強力であったが、ムガル帝国は北からこれらの王朝に攻撃をかけていた。このムスリム系の諸王朝の支配下で、マラータの豪族が徐々に成長していった。彼らはおもに郷主(デーシュムク)とよばれる人々で、通常数十か村を支配し、1000人ぐらいの兵を擁する在地の土豪階層であった。
 シバージーは、ニザーム・シャーヒー王朝に仕えていた有力なマラータの武将シャーハジーの息子として生まれ、父の封地であったプーナで育った。シバージーは1640年ごろから、プーナ周辺の土豪勢力を糾合し、独立的な勢力を形成していった。ニザーム・シャーヒー王朝は早くムガルによって倒されたため、シバージーが戦った相手は、初めはアーディル・シャーヒー王国、のちにはムガル帝国であった。とくにムガル第6代アウランゼーブは、北部のアウランガーバード(オーランガーバード)の軍営に30年にわたって滞在し、マラータ勢力撲滅を意図したが、ついに成功しなかった。
 シバージーの戦法は、山城を築き、そこを拠点とするゲリラ戦法が主であり、デカン山岳部に約250の城塞(じょうさい)を築いたといわれる。その支配力がムスリム諸王朝に対抗する力を得たと判断された1674年、シバージーはラーイガル城でヒンドゥーの古式にのっとってマラータ王国の王位についた。シバージーの領土は、スワラージャ(自領)と称されたが、ムガルの領土に対してもチャウタと称される税の徴収権を獲得し、徐々に侵食していった。[小谷汪之]

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世界大百科事典内のシバージーの言及

【インド文学】より

…近代マラーティー語の最初の小説は,パドマンジーB.Padmanjīの《ヤムナーの旅》(1857)とされ,社会改革を主題としている。小説の他の主題はマラータやラージプートを扱う歴史物で,シバージーの前半生を描くR.グンジカル(1843‐1901)の作品はその先駆をなす。この2潮流を書き分けたのがH.N.アープテ(1864‐1919)で,多くの歴史小説のほか,新しい中間階層の生活を描写する《だが誰が注意を向けよう》(1893)などの社会小説も発表した。…

【トゥカーラーム】より

…その文体は簡潔かつ直截的で,アバングの中のいくつかは今日なおマハーラーシュトラの一般家庭でよく知られた諺として用いられている。彼の教えはマラーター王国の創建者シバージーにも大きな影響を与えたといわれるが,同時代の宗教者ラームダースがバラモン社会の強化,組織化に乗り出してシバージーに接近したのに対し,トゥカーラームは政治権力とのかかわりに無関心で,常に大衆の日常生活に視点をおいていたといわれる。【内藤 雅雄】。…

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