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シャフツベリー伯 シャフツベリーはくAnthony Ashley Cooper,7th Earl of Shaftesbury

世界大百科事典 第2版の解説

シャフツベリーはく【シャフツベリー伯 Anthony Ashley Cooper,7th Earl of Shaftesbury】

1801‐85
19世紀イギリスにおける最も著名で行動的な社会改良家の一人。1851年まではアシュレー卿として知られる。1826年に下院議員となり,保守党に所属,32年の選挙法改正法案に反対したが,46年の穀物法の撤廃には賛成した。1828年から精神病者の取扱いに関する委員会で活躍し,45年の〈精神病者法〉の制定で名をあげる。早くからリチャード・オーストラーやマイクル・サドラーとともに労働時間短縮運動に取り組み,33年,サドラーの後を継いで議会における10時間労働運動のリーダーとなり,47年に〈アシュリー法〉の別名で知られる〈10時間労働法〉を成立させた。

シャフツベリーはく【シャフツベリー伯 Anthony Ashley Cooper,1st Earl of Shaftesbury】

1621‐83
イギリスの政治家。イングランド西部の旧家に生まれ,1640年庶民院議員。ピューリタン革命の初期には王党派であったが,44年に議会派へ移り,共和制をも支持してその国務会議の議員となった。しかしクロムウェルの死後は王政の復活を工作し,王政復古後は枢密院議員となる。67年からはカバルとよばれた行政府の一員となって,72年には伯爵の位を与えられ大法官という最高の地位についた。しかし73年にその地位を免ぜられるとともに反政府派へまわり,カトリック教徒のヨーク公(のちのジェームズ2世)の王位継承を阻止する運動の中心人物となり,ホイッグ党創始者ともいわれる。

シャフツベリーはく【シャフツベリー伯 Anthony Ashley Cooper,3rd Earl of Shaftesbury】

1671‐1713
イギリスの道徳哲学者,美学者。ロックの庇護者として知られる政治家シャフツベリー初代伯爵の孫に当たり,幼少のとき,直接この有名な哲学者の教育を家庭で受けた。しかしその感覚論的な認識理論には結局なじまず,病弱な日常にあって家庭教師を通じて体得したすぐれた古典語の才能によって広くギリシア,ローマの古典に親しみ,長じては大陸旅行その他の度重なる海外滞在を通じて,芸術と哲学に関する深いコスモポリタン的教養を身に付けた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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