ストックホルム・アピール(英語表記)Stockholm Peace Appeal

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ストックホルム・アピール
Stockholm Peace Appeal

1950年3月にストックホルムで開かれた世界平和委員会 (11月に世界平和評議会と改称) が採択した核兵器禁止を要求する訴え。その内容は,(1) 原子力兵器の絶対禁止,(2) 禁止のための厳重な国際管理の確立,(3) 最初に原子力兵器を使用する政府の戦争犯罪者としての取扱い,などであった。ソ連の主張によれば,このアピールは世界中で合計約5億人の署名を集めたという。なお,50年6月には世界平和評議会が国際緊張緩和のための集会をストックホルムで開き,多くのアピールを採択するなど,ほかにもストックホルム・アピールと呼ばれるものがある。 (→核兵器禁止運動 )

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百科事典マイペディアの解説

ストックホルム・アピール

国際平和運動によりストックホルムで発せられた二つのアピール。(1)1950年の平和擁護世界大会で採択。原子力兵器使用者を人類の敵・戦争犯罪人とみなし,その製造・使用禁止を要求し,5億人以上の賛成署名を得た。(2)1954年の世界平和評議会第6回大会で採択。西独の再軍備,NATOの原子力兵器使用決定,東南アジア条約機構の結成に反対し,これも5億人以上の賛成署名を得た。→反戦運動平和運動
→関連項目ウィーン・アピールゲルハルセン

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ストックホルム・アピール
すとっくほるむあぴーる
Stockholm Appeal

1950年3月ストックホルムで開かれた平和擁護世界大会(World Congress of Partisans of Peace)第3回常任委員会で採択され、世界の人々に署名を求めたアピールで、(1)原子兵器の無条件使用禁止、(2)原子兵器禁止のための厳格な国際管理の実現、(3)最初に原子兵器を使用した政府を人類に対する犯罪者とみなす――とのアピールを発表、これに対し全世界から5億の署名が寄せられた。この背景には前年9月のソ連の原爆保有声明と、これに対抗した50年1月の米トルーマン大統領の水爆製造命令など、当時の米ソを中心とした核軍備競争の拡大と、国際緊張の高まりという状況があった。同年11月常設されていた平和擁護世界大会委員会は世界平和評議会(World Peace Council)と名称を改め、その後51年2月のベルリン、53年6月のブダペスト、55年1月のウィーンと、核兵器の廃絶と話し合いの平和を柱とする全世界へのアピールを発表、50年代の世界平和運動の推進力となった。[藤村瞬一]

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世界大百科事典内のストックホルム・アピールの言及

【反戦・平和運動】より

…72ヵ国の平和団体代表が参加し,原子兵器禁止,軍拡と軍事ブロック反対,日・独の再軍備反対などを打ち出した。さらに大会後設けられた平和擁護世界大会委員会は50年3月,原爆反対の署名を全世界に訴えるストックホルム・アピールを発表,短時日の間に世界で5億人の署名を集めた。日本でも,朝鮮戦争反対の運動と結んで取り組まれ,645万の署名が集まった。…

※「ストックホルム・アピール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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